「なっ、なんじゃこりゃああああ!?」
 朝から響きわたる声に、エステルはむくりと体を起こす。ここはボースのホテル2階。声はアガットのものだと すぐに分かった。どうやら下から聞こえたようだ。
 声の雰囲気からただ事ではないと感じ、エステルは隣のベッドで眠るティータを起こさないように、慌ててベッドから飛び出し手早く服を着替えた。
 階段を下りると、ロビーにはティータ以外のメンバーが 揃っていた。元から起きていたジン、クローゼとシェラザード、 渦中のアガットとやっぱり真ん中にオリビエがいた。 クローゼは苦笑しつつ事態を見守り、ジンはやれやれと 見やりつつも同じく静観。シェラザードは「任せたわ」と言い残してギルドに 行ってしまった。要するに、面倒そうなので関わらないということだ。 こんな時、シェラザードの要領の良さはカシウスの弟子であることを思い起こさせる。
「ちょ、ちょっとぉ! 朝っぱらから何やったのよオリビエ!」
「おやぁエステル君、それはひどいね? 何で最初から僕が名指しなんだいっ?」
「そんなの普段の行いが悪いからに決まってるでしょーが! で、どうしたの?」
 エステルは埒が明かないとばかりにアガットの方を向く。
「どうもこうもねえ!! これを見やがれッ!!」
 アガットが「この家紋が目に入らぬか」という決め台詞が目玉の昔あった芝居の如く、 エステルに向かって自らの戦術オーブメントを突きつける。勢いに一歩仰け反りそうになりつつ、 目に入ったそれを見て、エステルは・・・・・・。
「・・・・・・・・・ぶっ!!? あっははははは!!! 何これーー!?」
 腹を抱えて笑い出す。クローゼはアガットの怒りゲージが 再びグングン上昇しているのを感じ、「エ、エステルさん・・・・・・」と ヒィヒィ笑い続けるエステルの背中をさすった。
「笑いごとじゃねええええええええ!!!!!」
「ふふっ。エステル君、キミも解ってきたようだね。 真の美、そして僕の愛がっ!」
「いや、それは分かんないんですケド」
 スパッと笑いを止め言い放つエステル。しかし、それでめげるオリビエではない。
 アガットは自らの戦術オーブメントのケースを 見て怒りに肩を震わせる。そこには、オリビエがいつも 通りのポーズを決め込んだ写真がピッタリとプリントされて いた。写真が無駄に、そう・・・・・・とても無駄に美しく撮られているのがアガットの勘に障る。
「僕の姿を的確に捉えている、見事な写真だろう。 なんせドロシー君が撮影したものだからねっ!」
「アンタ、いつの間に・・・・・・って、ああ! あの時のか」
 エステルがポンと手を打つ。初めてオリビエと再会した 時に、ドロシーがそういえば沢山撮っていた。 喧嘩はオリビエの登場により収まったのだが、 思い返すと脱力感しか湧かない。
「なるほど、あのお嬢さんの写真か。見事なのは確かだな」
「そうですね・・・・・・」と、のんきに外野を決め込むジンと苦笑しつつ同意のクローゼ。
「キッサマ、これを何時、どうやってやった!?  つうか何でやった!!!」
「いや、アガット。コイツに何では愚問だと思うんですケド」
 アガットとオリビエは同じ部屋だったので、その合間に やったのだろう。アガットに気づかせずやり通したのは 実はすごいことなのかもしれない。
「いやぁ、工房で新サービスが始まると聞いてね!  いつも大切な人と共にいたい! 愛するものを傍らに 姿だけでも置きたい! そんな願いを実現する、なかなかニクい サービスだと思って、早速アガット君の為に僕がひと肌 脱いだの……」
「ってゆーか、確かに面白いサービスかもしれないけど、 そういうのって家族とかその、恋人の写真とか お願いするもんじゃないの?」
「エステル君、解ってるじゃないか。はっはっはっは、見たまえっ!!!」
 オリビエが自らの戦術オーブメントを大袈裟な素振りでエステルの目の前に突き出した・・・・・・が。
「って、そっちもアンタの写真かーーい!!!!」
「エステル、てめぇ何想像したんだ!!!」
「美しいものを傍らに置きたいだろう?」
 しばらく騒ぎは収まりそうにない。ジンは、様子を やや距離を置いて、というより混沌としていて近づけないでいるオーナーに 「すまんな、そのうち疲れるか飽きるかして自然と収まると思うんだが」 と一声かけ年長者の責務を果たした。
「おっやぁ!? 解ったぞアガット君!! そうか・・・・・・僕はそこに配慮すべきだっんだね!」
 オリビエの目が怪しく光る。効果音を入れるなら「キラーン!」といったところか。 アガットにしてみれば悪い予感しかしない。
「解ったよアガット君!!! 今度工房にお願いしてティータ君の」
「だから何でそうなる!!? ぶん殴られたいのか!!!」


「・・・・・・・・・・・・多分、もうしばらくしたら落ち着くと思うんだが」
「ちょっと時間、かかりそうですね」
 アガットの剣幕と悠然と無自覚で煽るオリビエ。それを前にして肩を落とすオーナーに、 ジンとクローゼが苦笑しつつ再びフォローを入れた。こうなると手がつけられないのは分かっている。 なんせ短くも浅くもない付き合いである。そしてこれからも、こんな騒々しさと付き合っていくのだ。

(写真、かぁ)
 今は遠くにいる少年のことをエステルは浮かべる。 写真ならある。しかも、ドロシーによる一品が。・・・・・・しかし、だ。
(なーんでボクっこと一緒なワケ!!?)
 ヨシュアとジョゼットが仲良く並んでいる画像が戦術オーブメントのケースに でかでかと貼り付けられているのを想像してエステルの中で沸々と何かが燃えたぎってくる。
「アンタたち、うるさい!!!!!」
「って、何でお前がいつの間にか怒ってるんだ・・・・・・」
「解った、エステル君も僕の」
「うーるーさーい!」
 目が笑っていない。寧ろ、これ以上つつくと気絶を覚悟しなければならないレベルだ。 オリビエの中で瞬時に退却か否かという選択肢が浮かび、答えはアッサリ出た。 朝っぱらから気絶するのはこれから予定している麗らかなモーニングコーヒーの時間を損ねてしまう。
「・・・・・・・・・・・・ハイ、僕が悪かったです。ゴメンナサイ」
 喧噪は突然、終わりを告げた。
「やれやれだな」
 毒気を抜かれたようなアガット、しょんぼりなオリビエ、何故か怒っているエステル。
 そして、一番くたびれているのは・・・・・・。
「はぁ・・・・・・た、たすかったぁ」
 他の誰でもないホテルのオーナーなのだが、渦中にいた3人は知ったことではない。
 去り際、「騒がしてしまったようだねっ。これはちょっとした謝罪の気持ちと思って受け取ってくえたまえ」と オリビエに手渡された、やはり無駄に美しく写されたオリビエの写真を見て更に脱力感が増したという。
 何より、しばらく滞在するというエステルの言葉が1番堪えたそうな。




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