ロレントの街は、祝福ムード一色だった。 いつかその日が来るだろうと皆が思っていた2人、リノンとキディの結婚式が行われたのだ。
 ブーケに必要な花を集めたのはエステルとヨシュア。 ロレント出身で、ずっとリノン商店の世話になっている腕利き遊撃士の2人である。 当初は結婚から逃げ回っていたリノンも今では顔が緩みっぱなしで、キディは純白のウエディングドレスを身にまとって普段の素朴な雰囲気とはまた違う魅力で輝いていた。
 シェラザードもこの日の為に仕事を早めに終わらせ駆けつけていた。祝福することも目的だが、その後のブーケトス、更に宴会も視野に入っているのだろう。 フォークナーが戦々恐々する様子が眼に浮かぶとエステルは思った。
 式は滞りなく終わり、花嫁のブーケはちょうどロレントを訪問していた観光客がキャッチするという結末だった。今回も逃してしまったシェラザードは「まぁしばらくはお酒さえあればいいもんねっ」とエステルとヨシュアの肩をがっしり押さえて妖艶に微笑んだ。もう、二人ともとっくに飲酒が可能な年……20歳だ。お互い忙しいこと、アイナが相手をする方が多いので同じロレント所属でも酒宴に同伴することは少ない。今回は逃すものかという意思はバッチリ伝わってきて、エステルとヨシュアは顔を見合わせて苦笑した。
ちなみに2人ともそう多く飲む方ではなかった。旅の先々でつきあいで飲んだり、お互いの気持ちが重なった時に飲む程度だ。エステルは甘い酒を好み、美味しそうにビール飲む面々の味覚は理解できない。何で苦いものが美味しいんだと不思議でならないのだ。ヨシュアの方は、「なんでもいい」と、シェラザードが聞いたら「つまらない!」と愚痴りそうな感想である。


「それにしても、エステルぅ?」
「なーに? シェラ姉」
 結婚式は3次会に突入していた。既に新郎新婦は「みなさん、楽しんでください」と席を外してしまった。要するにグダグダの宴である。
「あんた、今回もブーケトスにまるで熱意が感じられなかったじゃない。あーいうのは、同世代の女性に反感買うわよ? つーかあんた達いつまでのんびり……お酒きれたわよー!」
 シェラザードが空になった瓶を掲げると、そそくさとフォークナーが駆けつけ新たなワインを手渡した。よろよろに見えて、酒を掴む手はしっかりしているのがシェラザードらしい。いつも一緒のアイナは仕事の為に既に二次会で席を外していた。
「2人とも、ほどほどによろしくね」
 そんな風に任されたエステル達である。
「あはは……」
 シェラザードの絡み酒にエステルは苦笑する。慣れているが、今回は眼が据わって逃げられそうにない。
「シェラさん、そろそろ飲むペースを落とさないと明日にひびきますよ」
 言いながらあまり効果はないだろうとヨシュアは思った。シェラザードが酒絡みで不覚をとったことは無い。
「ヨシュア、あんたも! ビシッとあんたが決めないと〜、花の命は短いんだからね〜?」
「……」
 鼻先に指を突きつけられ、ヨシュアは思わず仰け反る。そこでフォークナーが「お前さんたち、明日も仕事なんだろ? ここは宿命だなぁ……僕が引き受けるから先に帰っていいよ」と苦笑しつつ間に入った。
「じゃあ、お願いね。えーと、ご武運を」
「ははは……」
 エリッサにも挨拶してから、2人は並んで店を後にした。もうすぐ日付が変わろうとする時間。夜風は肌寒く、エステルは酒で火照った頬の熱さを改めて感じた。
「ヨシュア、帰ろっか? レンはもう寝てるかな……」
「ん、……ああ」
 自然に絡めあう指。酒にそれほど強くないエステルの足元は、少々おぼつかない。ヨシュアが軽く力を入れて引き寄せると、エステルは抵抗なくヨシュアの方に重みを預けた。同じ歩調で、ロレントの町並みを進む。
 実のところ、ヨシュアも計りかねているのだ。エステルとの関係、「結婚」という契りについて。既に交際についてはカシウスの了承を得ているし、エステル以外の女性を愛することなどヨシュアの中であり得ない。というより、ヨシュアにとって女性とはエステルただ1人という方が正しかった。恋人として年数もそれなりに過ごし、肌を重ねあう歓びも知った。年齢的にはまだ若く、遊撃士として忙しい日々の中、時折ヨシュアも思う。エステルはどう思っているのか。
 シェラザードの絡み酒から出た話題であるが、ロレントの人たちが2人の関係を気にしていることもヨシュアは感づいている。だからという訳ではないが、確かにそろそろはっきりした方が良いのかもしれない。
 家にたどり着き、エステルを椅子に座らせてから、ヨシュアはコップに水を注ぎエステルの前に置いた。仕事の疲れも溜まっていたのだろうか、エステルは自分のふらつきに戸惑った様子だ。
「あまり飲めないのに無理するから。……いい結婚式だったね」
「うん、とっても幸せそうだった。リノンさんは昔からお世話になってるし、あたしも、うれしい」
「……あの、エステル」
 そこで口を閉ざす。今、ここで話すのはタイミングが悪いか。何しろエステルがこの有様である。ヨシュアは内心吐息をしつつ、隣の席に着いて危なげな手を支えゆっくり水を飲ませた。
「……どんな気分なんだろう、結婚て。おかーさん、どんな気持ちでとうさんと結婚したんだろ……」
 夢の中を浮き沈みしているような声だった。エステルから先にこんな話題が出たことに戸惑いつつ、ヨシュアは先ほど打ち切ってしまった先をおもいきって言ってみた。
「エステルは、結婚したい……?」
 言いながら情けない聞き方だと思った。しかし酔っぱらっている時に正式なプロポーズをするよりはマシだろう。
「わからない……」
 エステルの回答は彼女らしからぬ曖昧なものだった。以前、エステル自身が結婚して子どもができたらなんて言葉を発したこともあるにも係わらずだ。
『誰とでも必ずお別れしなきゃいけない』
 同時に、こうもエステルは言っていた。エステルに一度、別れの痛みを与えたのは他の誰でもないヨシュアだった。消えたヨシュアを探すため、そして遊撃士としてエステルが駆け回っていた時期のことをヨシュアは思い起こす。そして、今の言葉。いつの間にか安らかな表情で睡魔に身を委ねてしまったエステルの顔をじっと見つめた。
「……ずっと敵わないままなのかな、僕は」
 きっとそれでは意味がない。結婚にも、ヨシュアにとっても、多分エステルにとってもだ。
 別れがあるから出会いを大切にしたい。別れがくるから共にいる時間を笑顔で過ごしたい。とても前向きな思考でエステルらしいと思う。
 その裏側にある、絶対的なものをヨシュアはいつからか感じるようになった。それがエステルの強さの根元だということも気づいた。そう解る程度には共に時間を重ねてきたのだ。
 エステルの中に流れる絶対的な時間と、今ヨシュアと共にある時間。どちらが勝っているなど考えるのはおかしいかもしれない。おそれ多いのかもしれない。
「……醜い嫉妬だって自覚してるよ」
 ゆっくりエステルを抱き上げ、部屋のベッドに移した。恭しくお姫様と対峙するよりも、破格の価値がある美術品を扱うよりも、大切に。エステルはそんなに儚くも脆くも無い。多くの人が、エステルの力強さから元気をもらっているだろう。そしてヨシュアには、揺るぎない光を。
 ヨシュアにとって絶対的なものがあるなら、それはエステルだった。
 これからもそれでいい。それがヨシュア・ブライトの生き方なのだとヨシュア自身が納得していた。
「おやすみ、エステル」
 寝顔に、そっと囁く。
 夢の中で、エステルは誰と手を繋いでいるのだろうか。あるいは抱きしめ、抱きしめられているのか。絶対的な安心を誰に与えられているのだろう。
 穏やかな寝顔を眼に焼き付けつつ、ヨシュアは部屋を出た。エステルが今の自分をみたら「後ろ向きだなー!」とでも言うのかもしれない。「誰のせいだよ」と苦笑まじりに自分は返すのだろうか。それが、今までの二人の関係だったから。
(これからも……?)


誰に問いかけても返事は無い。この変化は待っていても訪れはしないのだ。





BACK