クロスベルに来て、思ったことがある。
それはカルチャーショックかもしれない。
――クロスベルの同年代の女性ファッションについて、だ。
リベールにも、おしゃれをした女性はたくさんいた。 姉貴分であったシェラザードは遊撃士としての衣装であるが、に女性らしさを醸し出すものでエステルは憧れを持っていた。 クローゼは派手なアクセサリーを身につけなくても十分美しい少女であり、内側から発せられる気品とはああいうものか、とやっぱり憧れる。 将来クローゼがリベールの女王になるということも、その意味で誇らしかったり。
ロレントで暮らす同世代の友人たちは常に身軽で、仕事などの効率性を重んじつつそれぞれのおしゃれをしていたのだ。
(……あたしは)
16歳にしてスカートを履くようになり、ステラに感動の涙を流させてしまった。今では随分慣れたのも確かな前進ではあった。
本屋でチラリと目にした雑誌には『先取り!』や『今、一番のブーム!!』という言葉が大声で叫んでいた。 次の仕事までに時間が空いて、何気なくパラパラと立ち読みをしたのだが。
(クロスベルの女の子って、あんな服やそんな服を着ちゃうんだ……無理、あたしには無理!!)
エステルが見たのは最先端ファッションショーの記事であるのだが、気付くはずも無く。街を歩く人々は実際、あんな尖がった服やこんな透明な服を着てはいない。 それでも、街を歩く同世代の女性は各々煌びやかな服を着こなしていて……。 恐らく、それは「洗練されている」ということなのだろう。
いつも仕事着のエステルはふと自らを顧みる。
アクセサリーは、棍を振り回すスタイルのエステルは気を遣わなければならない。 だから極力、身につけないのだ。可愛いものや綺麗なものを見れば、エステルとて関心を持つし、欲しいと思うことはある。
実際、ヨシュアが買おうかと言ってくれたこともあるのだ。しかし普段から身につける回数が少なくなるのを危惧して、何より失くしたり壊したりする予感がして辞退してしまった。 今では少し、後悔している。


…………仕事が終わった夕方。
ヨシュアは武器屋に赴き、エステルは当番なので食材を買いに出かけた。
メニューは食材を見ながら決めようと最初から決めていた。 遊撃士を始めた頃に比べれば、随分レパートリーは増えた。それでも料理の腕はヨシュアに敵わないままであるが。 密かにいつか追い越して「おそれいったか!」とヨシュアとカシウスを驚かしてやりたい、とエステルは思っている。
「……あ。そういえば」
(新作入荷日をチェックしておかないと)
そうと決まればデパート2階にまっしぐらである。
狙うものは、もちろんストレガーシューズ。クロスベルには大陸全土から限定品が 集まってきて、エステルにとっては歓喜の悲鳴を上げる……ところなのだが。 やはり、人と物が集まる場所。似たようなことを考える者は多いらしく、無くなるのも早いのだ。 入荷日には早起きしてダッシュ、ダメでも仕事明けにダッシュ。 ストレガーに懸けるエステルの執念はなかなかのものである。
そこで、見知った人物と遭遇した。
「……ええ、じゃあこれで」
宝石店で店員と話し、箱を受け取る。お辞儀をしてから、方向転換して……目が、合った。
「エステルさん?」
「エリィさん」
互いにいつも仕事で移動が多い身、しかも常に複数で行動しているので1対1で出逢う ことは珍しい。
「あ……エリィさん、お仕事で?」
「あ、いいえ。以前、祖父から贈っていただいたペンダントを直してもらったんです」
大切そうに、エリィは箱をバッグにしまう。
「ああ、プライベートなんだ」
「ええ。……エステルさんは? ヨシュアさんは一緒じゃないのかしら?」
「向こうは武器のメンテナンス。あたしは夕食のお買いもの……と」
ここで、妙に照れが生じたのは何故だろう。エリィが同年代で同性だからかもしれない。
「ストレガーのシューズをチェックに」
「そういえば部屋にあったわね。コレクター?」
「コレクターだし、ちゃんと愛用してるわよ?」
エステルがこんこん、と片方のつま先で床を突く。もちろん靴はストレガー製である。 エリィがくす、と笑った。
「普段からここに良く来るんですね?」
「ん? 来るけど……ちょっと、来づらい感じかも」
「どうして?」
首を微かに傾げるエリィに、エステルは苦笑しつつ答える。
「ホラ、綺麗だったり高そうな服がいっぱい並んでるでしょ? あたしってあんまり似合わないから、チョット」
「そんなこと無いわ! そうだ、少し時間あるなら一緒に服を探しませんか?  私、今日は服も見にきたんです」
「え、でも」
「女の子なんだし、ヨシュアさんもきっと喜びますよ?」
エリィにとっては何気なく出た言葉だったが、エステルには劇的な変化をもたらした。 急激に顔が赤くなる。仕事の時はとても自然に2人、並んでいたのにだ。
「うふふ、エステルさん、可愛い。本当に、仲がいいんですね」
「ああああもう! よっし、あたしも行ってやろうじゃんよ!!!」
ヤケクソ気味な決意の声がフロアに木霊すのであった……。


エステルがズンズン女性服のフロアに歩いて行く後ろで、エリィは密かに安堵していた。
『エリィったら、最近制服ばかりですわね?! 少しぐらい時間を作って女性らしさを アピールしなければエリィの美しさと可憐さが警察制服などに損なわれてしまいますわ!』
久々の休暇で会いに行った時、いつも通り……そう、いつも通りに制服を着て出かけてしまった のが敗因だった。エリィ自身も何故休みの日、友人に会いに行くのに制服を着てしまったのか 解らない。強いて言うなら習慣化……だろう。
やはり、女の子なのだから綺麗な服は欲しいし着てみたい。 特に……街中で見かける、同年代の女性が気軽に着ているような可愛くてラフな服装なんて、 憧れてしまう。
(エステルさんがいたら、心強いわ)
1人で服売り場でウロウロ、何を買えばいいのか解らない姿を見せるのは少し恥かしい。 特に、うっかり支援課のメンバーに見られでもしたら……。
(何も、思わないんでしょうねぇ、ええ。思わないんでしょうともっ)
「――えーっと。エリィさん、なんか怒ってる? 大丈夫?」
いつの間にか覗きこむエステルの顔が近くにあって、エリィは我に返る。
「だ、だいじょうぶ! さ、さあ……行きましょうか!」
「うん!!」
女性服売り場に気合いを入れて進む、18歳の2人が其処にいた。



いざ、商品を見始めると悩みなど何処吹く風。
華やかな服、シンプルな服、奇抜な服、鮮やかなドレス。
それらを品評し合っては談笑が始まり、時間がみるみる流れていった。 当初の予定も忘れ去り、女性服売り場を全品観賞する勢いである。
あちこち気になる服を指さしては会話が始まり、いつの間にか辿りついたのは……。
「こっちのブラ、可愛いよねー」
「えー、地味だよ」
女性用下着のコーナーである。やはり、2人と同年代の若い女性が品評しつつ 楽しんでいた。
エステルとエリィは違う職であるが、共に市民の為に働こうという志を持った 仲間であり、女性同志で共感する部分も、友達になろうという気持ちも強い。 だが、最初の1対1での付き合いが下着売り場……にはお互い、抵抗があった。
同性であるのに、妙な気恥かしさが2人の間を横たわる。
「あはは……服売り場全部見つくしちゃったね」
「え、ええ。そうね……」
そして、2人の眼に入ったのは丁度前に配置されたマネキンが着用した上下セットの……。
(シェラ姉ならカッコよく似合うんだろうなぁ……うう、自分で思って凹んできた〜)
(く、黒とか……マリアベルやエステルさんも付けてるのかしら?  私、いつも地味って注意されるし……でも黒なんてハードル高すぎるわ!)
「「…………はぁ」」
同時に漏れた盛大なため息に、思わず2人は顔を見合わせる。
そんな中、先ほど会話が聞こえた若い女性客2人が視線の先……黒を基調にした生地に薔薇の 刺繍が織り込まれたブラジャーと、エステル曰く「シェラ姉なら似合う」同じデザインのパンツをさらっと流し見て。
「もっと大人っぽいデザインないかなー」
「普通すぎるっていうかねー」
「「…………………」」
通り過ぎていく2人。対照的にピタリと停止する2人。
「…………エリィさん」
「エステルさん…………」
ごくり、と唾を呑みこむ音がやたら大きく聞こえた。
「買っちゃいますか……!」
「買っちゃいましょう……!」
「「2人で買えば怖くない!!」」
いつの間にそんなに意気投合したんだと、ヨシュアやロイドたちが見れば思うであろう光景。 何かと抵抗があるし、恥かしくもあるのだが好奇心が勝った。 興味が無いと言えば嘘になるのだ。この際、似合う似合わないは蚊帳の外。
「一緒に黒デビューしようね!」
「エステルさん、心強いわ!」
手を握りしめ合う2人はある意味戦友のような気持ちであった。 外で手配魔獣を倒す方が余程気楽だっただろう。
――しかし、お買い上げの時……。
(はぁああああああ……エリィさん、胸おっきすぎ……せつなー……)
(え、でもエステルさんの場合はその、恋人がいて……)
凹んだり照れたり、ドキドキしたり。
それは18歳の、際どい「シェラ姉なら余裕」の黒下着デビューの日の出来事。




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