「はぁ……。もういいかい!?」
声には僅かな照れが混ざっていた。隣にエステルがいれば、 「もっとしっかり声出さないと!」とでも有難いアドバイスをくれたのだろう。 ヨシュアはそんなことを思いながら、返事が無いので「もういい」と受けとめ顔を 木から離した。
何故こんなことをしているのだろうか……と思ったら負けだ。
今日はアイナから休養日をせっかく貰ったのだから、 多忙でずっと探せなかった本を買いに行こうかと予定していたのだ。 エステルが見れば「眠くなる」、レンが見れば「退屈」と評するであろう本が ヨシュアの好みである。こればかりは嗜好の問題、付き合わせるつもりはなく 1人でさっさと行くつもりだったのだが、突然エステルとレンの提案により 大幅に変更を余儀なくされた。元より、2人の頼みと自分のまた機会は来るであろう 予定を天秤にかけるとどちらが優先されるか解りきったことだ。
カシウスが聞けば「もっと主張していった方がいいぞ」と、有難いアドバイスを くれるのだろう。父娘、似たような口調で。
気を取り直して、ヨシュアは「よし」とまず周囲を見渡した。




発端はとても単純なもの。
エステルにレンが結社時代のヨシュアとの思い出を話している中で、 『隠形術』を習っていた当時について話していたのだ。テーブルを挟んで 弾む、意識しなくても聞こえてくる自分の話題。同じテーブルに座っているのだから 聞き耳を立てなくても入ってくるのだ。加えて、エステルの声は結構大きく、響く。
レンは賢く弁えている子どもだが、たまに悪戯心を発揮するから内心ハラハラもした。
「ヨシュアはこの大陸でも指折りの『かくれんぼ』得意さんなのよ」
「たしか父さんも、俺でも見つけられない〜とかしょっぱい顔して言ってたかも」
「…………」
ヨシュアが読みかけの本をめくりながら、意識を活字の列に集中しようとした時だ。 いきなり2人の視線が一気にヨシュアに向かったのは。
「でも、探すのはどう? 隠れるのは得意でも、見つける方はどうかな?」
「……ね、お話聞こえてたんでしょう? ヨシュア、聞かれてるわよ?」
好奇心に満ちたエステルの眼と、面白がっているレンの眼。すぐ隣にいるのだから 当然ではないか。そんな反論をしたところでかわされるだけなので、敢えて言わない。
「……どうだろうね?」
「それじゃ答えになってない」
エステルの反応はあからさまに不満げ。しかしヨシュアにしてみれば、答えようがない。 レンはレンで、2人を見てくすくす笑っている。
「よし、実際試してみよっか、今から!」
すくっと立ち上がったエステルの眼は本気だ。レンは「試すって?」と首を傾げた。
「かくれんぼよ! ヨシュアが見つける鬼だからね? あたしとレンが全力で隠れるから、ヨシュアが探すの。そうね、制限時間はおやつの時間まで」
「フフ……いいわよ。だって、お茶の時間になったらエステルのお腹が鳴って隠れるどころじゃなくなるもの」
「レン〜〜〜〜!?」
レンも悠々と立ち上がった。2人して並んで出入り口の方へ歩いて行く。
「……えーと……もう、決まったの?」
と聞く前に2人は庭に出ていってしまった。聞くまでも無い、とはこの事である。
(18才になって本気でかくれんぼ、か……)
やや遠くを見つめそうになるが、2人が楽しそうだから反対はしない。 それに、自分の今までを振り返ると『かくれんぼ』の連続だったではないか。 エステルの前で口に出せば、きっとジト目で睨んでくるだろう。簡単に想像がついた。




レンの気配が消えているのは流石だが、エステルもヨシュアの予想より上手く気配を消しているようだった。遊撃士としての成長以上にエステルのかくれんぼに対する本気度が 窺えて、思わずくすっと笑ってしまう。
まだ幼く、ブライト家を舞台にしてエリッサ、ティオも巻き込みかくれんぼをした日のことが蘇る。最初の頃は付き合うのが馬鹿馬鹿しくて姿をくらませようとしていたのだが、 夜になっても諦めず探すエステルに根負けして、わざと姿を見せてみれば「ちゃんとまた見つけられなかった!」と悔しがられて、何が少女にとって正解なのかヨシュアには解からなかった。
自ら姿を見せられたことがエステルにとってはかくれんぼの負け判定らしく、 今度はわざと気配を殺し過ぎず、見つけられる程度に……と調整してみれば、そういう事には妙に敏く、やはり反応は同じだった。
エステルに合わせようとすれば、不満がられ。見つけられなければ、拗ねられて。 かなり振り回されていた自覚がヨシュアにはある。
だけどそれは決して不快ではなく、今に至っているのだ。不快になる筈がない、大切に想う少女が自分という存在を追いかけようと必死になってくれたのだから。
ヨシュアは昔から振り回されたが、それはきっとお互い様なのだ。
レンの逃げ回っていた気持ちが、ヨシュアには解かる。一度捕まればもう、「かくれんぼ」は「かくれんぼ」で無くなる。
かくれんぼの鬼を、眼で追いかけてしまうから……懸命に、切実に。
「今度は逆パターンか……でもね」
確信が、ヨシュアにはある。
何処に隠されようと、そこが世界の中心になる。何処かに隠れたつもりでも、そこは彼女を感じる世界の中で。
(きっと、そういうことなんだ)




なんて、シンプルな世界





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