助けを求める声があれば、報酬分の働きを完璧にこなす。それが遊撃士の務めである。
今日も、ロレントのギルドには大から小まで様々な依頼が舞い込んでいた。
「はぁ〜〜ったく、最近また依頼が多くない?」
親友でありギルドの受付担当であるアイナの斜め正面に陣取り、シェラザードがテーブルに
肘をつかせる。リベールの遊撃士のまとめ役でもあるシェラザードに
掛かる負担は確かに重い。そして、あからさまに冗談でも文句を言うのは親友だからこそだと
知っているので、アイナは「まぁまぁ」と苦笑しつつも聞く態勢に入った。
「お陰さまで、リベール国内でもロレントは遊撃士の出身地としても有名だからね。
ここにわざわざ依頼を通す人もいるぐらいよ」
「有難いと言えば有難いけど、出身地であって今の少人数を知ってるのかどうか……ま、
愚痴を言っても始まらないか。若手や卵は着実に育ってきてるんだし」
切り替えの早さは優秀な遊撃士の資質かもしれない。
シェラザードはふぅと一息ついてからスッキリした表情で笑った。
「でも、人員不足は深刻ね」
仕事を請け負い、遊撃士をサポートする立場にあるアイナにとっては頭の痛い問題である。
「ひっさしぶりー!」
突然聴こえた明るい女性の声に、シェラザードとアイナが1斉に出入り口の方を向く。
其処には、彼女らがよく知る人物が立っていた。
「エステル=ブライト、今日からロレント支部でしばらくお世話になります!
シェラ姉、アイナさん、久しぶり、ただいまっ!」
思わず立ち上がり、2人はエステルの元に駆け寄った。
以前、帰って来たのは1年前であったか……その時よりもやや大人びた妹分の突然の帰還に、
シェラザードは再会の喜びより驚きの方が勝った。
そして、不自然なことが1つ。これは隣にいるアイナも感じていることだろう。
「ヨシュアはどうしたの?」
「エルガーさんの所にでも寄ってるのかしら? 2人が来てくれるのはとても有難いけど、
ホント突然ねぇ」
そこでシェラザードがニマリと悪戯っぽく笑ってエステルの頬を指でツンと差した。
「もしかして別れちゃったとかー?!」
「うん、そう」
「…………は?」
シェラザードもアイナも、エステルが何と言ったか理解できなかった。
石のように固まる2人に、エステルはやや苦笑を浮かべた。
エステルにとって予想の範囲内ではあったが、少し申し訳なくも感じる。幼いころから
見守ってきてくれた存在だから。
エステルは1呼吸置いてから、落ち着いた口調で改めて2人に告げた。
「ヨシュアとは別れた。だから、あたし1人でロレントに帰ったの」
あまりにも冷静に重大なことを言うエステルに、シェラザードは思わずエステルの肩を掴んだ。
以前、ヨシュアが突然姿を消した日のことを今でも鮮明に覚えている。
やっと恋心というものを知り、少しずつ育もうとしていた矢先での出来事だった。
あの頃のエステルの痛ましさは、姉貴分としてもヨシュアにしかそれは補うことは出来なくて
歯がゆく思ったのだった。
そして、再び2人が並んで帰って来た時のことも同じように覚えている。ロレントから、
世界に旅だった日の事だってだ。あの日、ロレントの街の皆は揃ってエステルとヨシュアの旅が
実り多きものになること、そして2人が手を取り合って帰ってくることを確信に似た気持ちで送り出した
のだが……。
「カシウス先生は知ってるの……エステル?」
シェラザードの言葉に、エステルはゆっくり頷く。
「うん、手紙で1人で帰るってことだけはね。ちゃんと説明はするから」
「エステル、大丈夫なの……?」
さばさば話す様子に逆に不安を覚え、アイナは確認するように聞いた。
「う〜〜ん、正直自分でも分かんない。でも、決めたことだから」
「何があったの…………いや、カシウス先生に報告するのが先よね」
「……うん、ありがとうシェラ姉」
そこでピシッと背筋を伸ばし、エステルはニコリと笑った。
「じゃ、そーいう事で明日からあたしもバリバリ働きます! よろしくっ!!」
シェラザードとアイナは曖昧に「はぁ」とだけ返事をしたが、エステルは笑顔で頷きそのままギルドを出ていった。
翻る明るい栗色の髪が視界から消えて五分程経過しただろうか。
シェラザードが重いため息を吐いた。
「……今回は更にややこしそうね、どうやら」
「2人はもう、子どもじゃない……か」
お互い1気に老けこんだような気分になり、シェラザードとアイナは顔を見合わせて苦笑した。
エステルとヨシュアは家族であり、1時はどちらかの片想いであったのかもしれないが互いを
大切に想い合う気持ちは固く、その絆こそが今のリベールの平穏に繋がったのだとシェラザードは思う。
これはきっと自分だけの認識では無く、共に戦った仲間も似たように感じていただろう。
「……運命の恋、か。そんなモンに夢見るのも馬鹿馬鹿しいって思うけど……アンタ達になら
夢を見てもいいかもなって思ってたんだけどね」
シェラザードの独白めいた言葉にアイナは肩を竦めさせる。
「夢を見る時間だけじゃなく、あの子達にももっと色んなものが見え始めたって事でしょう。
私たちに出来るのは、見守ることだけね」
「そうね」
答えながらシェラザードは思う。
確か2、3日前に軍部の方からの依頼を受けた時にやはり多忙そうなカシウスに会う機会があった。
その時は違和感を覚えなかったのだが、珍しく疲れているような印象を受けた。
エステルの話によると、カシウスには事前に帰る事を伝えているようだから、
今日は今までと同じように娘の為に休暇を取っているだろう。
(……どんな会話をするのかしら)
何にせよ、エステルが1人で帰って来たことは明日、ロレントのトップニュースであるに違いなかった。
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