もくもくと湯煙が湧き立つ中、うら若き男女が4人。
「なぁ、新堂」
「な、なんだ?」
「現役男子高校生としては喜ぶべき場面だな、これは」
「……現役止めたけど、まぁ、そうなんだろうな」
 こういうキャラだったのか、と内心呆れつつ、ハヤトは否定しない。対面で温泉に浸かっているのはれっきとした『現役女子高生』の2人……ナツミとアヤだった。
「そこ、聞こえてるからー!」
 ナツミが両手を湯に沈め、水鉄砲のように男子2人に発射すると、持ち前の反射神経でハヤトとトウヤは左右に分かれて回避した。
「いきなり何をするんだ、橋本」
「学校の深崎ファンに今の発言を聞かせてやりたいわねー」
「僕は正常なことを言っただけだけどね」
「はいはい」
 同学校であると以前聞かされた2人の会話にハヤトとアヤはぷっと笑いを堪える。同じ学校、学年ではあるが、元から親しいという間柄では無かったらしい。名前を知っている程度だったとハヤトは聞いた。それは、ハヤトとアヤにも言えることだった。クラスメートではあるが、頻繁に会話をするような仲では無かった。
「……でも、不思議です。こうして4人で温泉に浸かっていることが。それに、こんな状況で新堂君とお話していることも」
「そうだよな……」
 同世代の男女で混浴の露天風呂、という状況からハヤトには慣れないことだった。それは、他の3人も同じだろう。長い戦いが終わり、慰労も込めての「お偉いさん」からのプレゼントだったのだが、周囲の気遣いでハヤトたちに贈られたのだった。
「色々、あったから……」
「色々、お湯で洗い落としましょう……ですね」
 ふんわり微笑んだアヤに、ハヤトも「ああ」と頷く。
 と、そこで突然お湯が2人の顔面にかかった。犯人はもちろんトウヤとナツミだ。
「そこ、老夫婦のような会話になってるよ」
「もっと弾けようよ〜! せっかくの温泉だし、色んなこと話そうよ!」
「だーれが老夫婦だっ、誰が!」
 気恥ずかしくなりハヤトがトウヤとナツミに反撃を加える。温泉の中は3人の賑やかな声が響き渡っていた。それを楽しげに見つめながら、ふとアヤは首を傾げる。
「……カシスたち、遅いですね?」
 そう、この旅行に来たのは4人だけではない。時に敵対、そして協力をしたセルボルト家の兄弟たちも参加しているのだ。色々あったけど水に流そう……そして、水入らずの時間をつくろう。そんな周囲の厚意があった。

 その頃、セルボルト家の子ども達はというと……。
「待ったーーーーーー!!?」
「煩いぞ、キール」
 脱衣所で対峙するキールとソル。次期当主候補として争ったこともある2人である。今では仲良しなんて呼び方は出来ずとも、それなりの関係を構築しているように見えなくも、ない。
「前を隠せ!! 混浴なんだぞ!!? 正気かい!!?」
「何故隠す必要がある」
「だから、混浴だって言ってるじゃないか!!」
 もうあと3分ほど遅れていたら、温泉で悲劇が起こっていただろう……キールは身震いをする。しかしソルはいたって真面目な顔をしている。まず、彼らは温泉というものが初めてだ。それに、混浴どころか誰かと風呂に入るということも初めてに違いない。ここは、フラットで鍛えられたと自負するキールが説明しなければならない。キールは今、使命感を燃やしていた。
「異性の前で裸体をさらすのは公共の場所ではマナー違反だ。しかも、相手は同じ年齢の女性だ。紳士的ではない」
「だから、何故隠す必要がある。後ろめたいことがあるのか?」
「なっ!?」
 さらっと反論するソルにキールは言葉を詰まらせる。理論的に言ったつもりなのだが、後ろめたいのかと言われると何故か動揺してしまう。先に温泉に入っているハヤトならば、どう答えるだろうか……理論的なことが苦手なハヤトならば。そう考えて、答えは出た。
「とにかく、そういうことだから隠すんだっ!」
「何なんだ、それは……」
 理不尽を感じながらも腰にバスタオルを巻きだすソルにほっとしたのも束の間、今度は壁1枚を挟んだ向こう側……女性の脱衣所から会話が聞こえてきた。

「ふーーん、いいわよね〜〜。体に自信があると、堂々としていられて」
「? どういうことですか」
「その格好で出て行ったらハヤトもトウヤもさぞ」

「ちょっと待ったーーーーーー!!? 姉さん、姉さんっ!!?」
 必死に壁をどんどん叩いてキールがその会話に割り込もうとする。ソルが後ろから「お前は何がやりたいんだ」とツッコみを入れるが無視をする。今はそれどころでは無かった。
「何かおかしいですか、私……お風呂に入るだけですが」
「べっつにーーー。ただ、男共がデレデレするだろうなーってムカムカするだけだもん。いいよねー胸があって。あ、でもクラレットの人形よりはあたしだって胸があるもんね!」
「……!! ナツミにも胸はあります!」
 キッとクラレットがカシスを睨む。
「あたしの方が大きいもん!」
「ナツミの方がきっと大きいです!」
「ちょっと、姉さんーーー!!? カシス、煽るなよ!!!」
 壁を叩くキールの声が空しく響いた。


「あんなこと言ってるぞ、橋本」
 ちらっとトウヤが横目を向けると、ナツミは引き攣った笑みを浮かべていた。
「カシスのやつ、ぶっ倒す!! てかさ、クラレット止めてくるわ、わたし」
「ソルの方は大丈夫でしょうか」
「はぁ……惨劇が大きくなりそうだから僕が止めるか。――新堂」
「なっ、なんだ!?」
「残念だったよな……」
 爽やかな笑顔で言うトウヤにハヤトは「ななななにを言ってるんだよお前」とうろたえる。
「この中じゃ一応年上になったのに初心だな、新堂」
「だーから、さっさと止めてこいって!」
 むすっと顔を赤らめるハヤトに、トウヤは苦笑しつつ「手のかかるご主人様だな」と呑気に温泉を出て行った。まだセルボルトの兄弟と姉妹の喧騒は聞こえてくる。
「〜〜〜はぁ、びっくりした……」
 顔をぶくぶく半分沈めて、ハヤトは眼を閉じた。





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