「やっと揃ったな」
 一同を見渡し、ハヤトはほっと息をつく。いつもよりぎこちない相棒に、キールは違和感を覚えた。
「ハヤト、緊張してるのかい? らしくもない」
 隣でキールが不思議がるのを、トウヤが丁寧に解説する。
「新堂は女性陣と一緒に入浴するのが緊張しているだけだろう?」
「つまり、後ろめたいのか」
 ソルが腕を組みながら言うのを間髪入れずに「お前がマッパで来るとか言い出すからだろー!?」とハヤトは言い返す。
「ちょっとちょっと、男性陣よりわたし達の方が本来恥ずかしがるポジションなんですケドー」
 ナツミが盛り上がる男子に不服そうに申し立てる。
「そうそう、ナツミとあたし、どっちが大きいか勝負は終わってないんだから」
「カシスさん、大きくても小さくてもいいじゃないですか」
 アヤがやんわり収めようとすると、カシスはふっと額に指を当てた。
「これが持てる者と持たざる者の差ってことか」
「ナツミは持ってます!」
 すかさず反論するクラレットにナツミは「いや、あの、うん、いいからいいから、ややこしくなるし」と宥める。
「姦しいな。似たレベルで騒ぐなよ」
 ソルの呟きをバッチリ拾ったナツミが「あんですってぇ!?」といきり立つのをトウヤが呆れ混じりで止めに入った。
「ハヤトが言っていた修学旅行みたいだって、こういう感じなのかい?」
 キールが喧騒を離れハヤトにこそっと耳打ちをする。ハヤトは「う〜〜〜ん……」と苦笑しつつ呻るしかない。これはこれで、平和な光景なのかもしれないと思いつつ。
「まぁ、こういう感じかな?」
 修学旅行なんて言葉をキールに話したこと自体が、今では懐かしい。名も無き世界について、自分が知る範囲のことを語ったことが、そういえば幾度とあった。
「そうか、じゃあ合ってるんだね。じゃあ……始めようか」
 ぱっと明るい表情になったキールに、「?」と首を傾げるハヤト。キールはごそごそ持ち込んでいたらしい袋の中から、あるものを取り出す。
「みんな、始めるぞ!!!」
「キ、キール??」
 キールが頭上に掲げたのは……。
「トランプです……か?」
 アヤが見慣れたそれを見て、ぽかんとする。騒いでいたナツミとソルも気づき、ピタリと動きを停止させた。
「――なんでトランプなんだ? キール君」
 当然の疑問をトウヤが投げかけると、キールはにこりと笑った。
「修学旅行に行く時は、トランプで遊ぶのが基本だと」
「ハヤトが言ったのね」
「新堂君が教えたんですね」
じっと同郷3人から視線を集め、ハヤトは「うっ!?」と後ずさる。たしか、そんな事を言ったような気もするが、まさか温泉でやろうと言い出すなんて思わないではないかとハヤトが言える空気では無い。なんせ、相棒がやる気満々なのであるから。
 一方、セルボルトの兄妹はトランプに興味津々であった。
「どんな召喚獣と誓約できるんだ?」
「なになに?! どんな効果があるのっ!?」
 キールが濡れないように掲げて持っているのを、カシスがぴょんぴょん跳ねて「見せてよー!」とはしゃぐ。その様子は可愛らしいが、危うさもあってアヤがハラハラしながら傍で見守る。
「ナツミ……あの、トランプというものはこういう時に何か、儀式を行うものなのですか?」
「えーーーと。うーーーーん」
 クラレットの真剣な眼差しにナツミは頭を抱える。どう説明すれば良いのか。自分たちが慣れ親しんできたものを、異界の者に伝えるのは難しい。
「あーーーーもう!? ハヤトが適当に吹き込むからー!」
「お、俺のせいかよッ!?」
 急に流れ弾が飛んできたようにハヤトが声を上げる。ピクッとナツミの言葉を聞いたクラレットはハヤトの前にじりじり迫り睨みつけた。睨まれてもあんまり恐くないけど、なんて口に出したら召喚術でぶっ飛ばれそうだとハヤトは内心思った。
「キールに適当なことを吹き込んだとはどういうことですか!? 大体いつもあなたはキールの純粋な心を弄び適当なことを」
「ななんでそーいう話になるんだっ!?」
 不穏な臭いがする言い方にハヤトは慌てて釈明しようとすると、「やるじゃないか、誓約者」とソルの余計なひと言が炸裂する。(キール、助けてくれ!!) ちらりと様子を窺うと、いつの間にか和解したらしいキールとカシスがアヤからトランプの説明を受けていた。それはもう穏やかな空気である。
「橋本、お前ちょっとはフォローしろよ!?」
「や、そうなったクラレットを止められる者は誰もいないから」
 あはは〜、と少しは悪いと思っていのかナツミは両手をハヤトに合掌させる。
「責任を取るんだな」
 ソルがふふんと笑うと、「そーいう笑い方、禁止っ!」とナツミが後頭部をぺしんと小突いた。パッと口を開き文句を言おうとして、何も言わずにソルは少し不服そうに口を閉ざした。そんな光景にハヤトは眼をぱちくりさせている間に、「話を聞いているのですか!!?」とクラレットがずずいと迫る。いくらバスタオルに包まれているとはいえ、青少年の目には毒になる程度にクラレットは魅力的な容姿をしていた。  ハヤトは目を逸らしながら後ろに……。
「おいっ!? 新堂ー!」
 トウヤが気づいた時には遅かった。セルボルトの兄弟たちを待っている時間もあってか、ハヤトの顔は茹でられたタコのように赤く染まっていた。ぱたーんと倒れたハヤトにクラレットが「きゃあ!!?」と叫ぶ。
「なんかキミのパートナー君、倒れたみたいよ?」
 カシスが声をかけると、キールは異常に気づいて急いでハヤトの元に駆けつける。
「ハヤト!!」「ハヤト!!?」
 キールとクラレットが泣きそうな顔で名前を呼ぶ。

「……まぁ、のぼせただけなんだろうけどね」
 この世の終わりのような顔で温泉の傍にある岩に横たわったハヤトの名前を繰り返し呼びかけるキールとクラレットに、トウヤは教えようかそのままにしようか迷う。
「涼しい場所に移動して、少し休ませた方がいいでしょうね……」
 アヤも心配そうに答えながら頷いた。カシスは「じゃ、じゃあ、あたし部屋を準備してもらってくるねっ!」とぱたぱた温泉から出ていく。
 同じく様子を遠めに見つめるソルの肘を、ちょんと小突いたのはナツミだった。
「何を考えてるの?」
「――別に」
「キミだって誰かを心配したり、されたり……そういうの持ってるよ」
「知らん」
 ぷいっとそっぽ向いたソルに、ナツミはそっと微笑んだ。






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