「なんだ、くじ引きかと思ったんだが」
「あったりまえでしょーがっ!!」
 平然と言うトウヤにナツミがすかさず言い返す。そんな今日何度か見かけた光景をアヤはくすくす笑いながら見守っていた。
「ちょっと、アヤ笑いすぎっ! 澄ました顔して生徒会の役員やってるところ知ってたらギャップ酷いよ?!」
「橋本、お前の物言いも相当酷いんだが」

「……で。アイツらは何を騒いでるんだ?」
 ソルの疑問に、カシスがうちわをぱたぱたさせながら答える。
「ん〜〜。部屋割りだって言ってたよ、兄さま」
「キールとハヤトの姿が見えませんが……」
 きょろきょろ辺りを見回すクラレット。そこで、「おーい」と2人の声が聞こえてきた。
「部屋、大部屋をやっぱり2つ借りれるって!」
「それで、4人ずつに分けてもらったよ」
「新堂君、先にお部屋を予約してなかったんですか?」
「あはは……最初はこんな人数で行くと分かってなかったから、なんかごたごたして。注意事項とか書かれてるのもイマイチ分かんないしさ」
「そろそろリィンバウム言語ぐらい覚えてほしいんだけどね」
 横に立つキールがさり気なく釘を刺すと、「うっ」とハヤトが呻る。
「それはキールが甘やかせ過ぎなんじゃないの〜?」
「その通りだ」
 兄妹に今度はキールが「ぐっ」と呻る番だった。

「あの2人、全然タイプが違うっぽいのに似てるとこあるよね。なんでだろ?」
「それだけ、長い時間を共に過ごしてきたということじゃないかな……。雰囲気は全然違うのにおかしいですね?」
 ナツミとアヤが耳打ちしあうのを、クラレットは静かに見つめる。
「それで、部屋割りはどうなってるんだ? 俺たちとお前たちか?」
「あー……言うと思ったよ。結局ソルはそっち思考か」
「なんで落胆して言うんだっ!?」
 やれやれ、といった様子のトウヤにソルがむきになるのを他所に、ハヤトはアヤに鍵を預ける。
「という訳で、ソッチは任せたぜ?」
「……責任重大ですね。新堂君たちも、仲良くしてくださいね?」
「それはソルに言ってくれよ〜」


 大部屋には、既に布団がびっしり敷かれている状態だった。部屋割りは男子と女子の4人ずつ。少し離れた位置にあった。シルターン風の、畳の匂いがする部屋は異世界でも懐かしさをハヤトたちに与えた。
「元の世界でも、こんな豪勢な旅館に泊まったことないなー……落ち着かなーーい」
 布団にダイブして、ごろ寝するナツミに「そうですね……」とアヤも相槌をうつ。
「……4人で眠るんですよね?」
「……」
 固まっているカシスとクラレットに、ナツミとアヤは「どうしたの?」と声をかける。
「まず、その……床に敷かれた布団というものが初めてで」
「あと、こんな他人と寝るのもちょっと……」
 困惑した顔をしたカシスをちら、とクラレットは見てから僅かに俯く。
「わたしも、こういうのは修学旅行とか遠征以来かなぁ」
「私は……修学旅行ぐらいですね」
「遠征?」
「あ、クラレットが想像してるのと多分違うかな。部活の遠征だから」
「部活?」
 ますます謎が深まった様子のクラレット。ナツミはアヤの肩をぽんと叩く。
「ピンチヒッター!」
「夏美ちゃん……。えっと……私たちの世界にある学校では……」


「温泉は同じだったのに何故寝る場所は分けなければならないんだ」
 平然としたソルに、キールは「だから、更衣室はバラバラだっただろう」は疲れた声で返す。
「まぁ、ソルの心境も分からないでもないけどな」
「貴様に同調されたくないぞ、トウヤ」
「そうか?」
「……ぷっ」
 トウヤとソルが一斉にハヤトを見る。
「お前らって、息合ってるのか合ってないのかホンット分かんないなぁ!」
「お前達は息が合いすぎて気持ち悪い」
「そうか?」
 首を傾げるハヤトにトウヤは苦笑する。
「自覚なしか。……こほん、それよりも」
 トウヤが改まって座りなおす。3人の視線が今度はトウヤに集中した。
「新堂、せっかくの……先ほどキールも言ったような修学旅行的状況なんだ。ここは、夜の伝統のアレをしたいんだが」
「まっ、まさかお前、よ」
「夜這いか」
 ハヤトがしどろもどろになっている間にソルがスパッと言い切った。キールが「何を言ってるんだ!!?」と慌てて割って入る。
「ソルはともかく、新堂にもそういう発想があるのか。少し安心したよ」
「ばっ!? おま、俺だってそんな子供じゃないし、って、違う!!! ソルもトウヤの入れ知恵か!!?」
 動揺して咽そうなハヤトの背中を「落ち着くんだハヤト」と擦る。だから甘やかせ過ぎと言われるんだと内心思いつつ、ソルは口を開いた。
「バカを言え。夜這いがお前たち名も無き世界だけの文化だと思うのは思い上がりもいいところだ」
「さもリィンバウムの文化のように言うのは止めてくれないか……」
 キールは思わず頭を抱える。こほん、と再びトウヤが咳払いをする。
「それもまぁ素晴らしい案なんだが、僕が提案したいのは…………枕投げ、だ」
「「枕投げ」」
 ソルとキールの言葉が被る。
「橋本さんからチラッと聞いてるかもしれないが、僕はその……学校では人と距離を取る付き合いばかりで、教員から見れば優等生、同級生からは少し固い人間だと思われていたんだ。だから、修学旅行でも……」
 言い終わる前に、顔面に枕が飛んできた。完全に油断していたトウヤは後ろに倒れそうになるのをなんとか踏みとどまった。
「よっしゃ!!! やるぜ、枕投げ!!!」
「ちょ、ハヤト。ルールは??」
「相手を倒したら勝ち、それだけだ!」
「なるほど、分かりやすいな」
 ソルがおもむろに枕を手に取る。覚悟を決めて、キールも側に置かれた枕を持った。トウヤは鼻を撫でてから、ふっと笑った。
「初めての枕投げ……堪能させてもらうよ」


 ひとしきり雑談で盛り上がった後、自然とナツミとカシスの穏やかな寝息が聞こえ出した。名も無き世界のことをたくさん聞いて、カシスの表情は満足そうだった。
「……クラレット、どうしたの? やっぱり人と一緒は眠れない?」
「あの……お2人の、名も無き世界のお話を聞いて……」
「……?」
 天井を見上げながら。互いの表情は窺えない。 「もし……私たちセルボルト家に生まれた兄弟も、名も無き世界に……アヤ達の学校に通うような生活をしていたら、違ったんでしょうか」
「――私ね、新堂君と同じクラスだったけど、いっぱい……正面からお話したのはこの世界に来てからが初めてだったんです。それは、夏美ちゃんや深崎くんにも言えることで。……あなた達にも、この世界で出会えた」
「……そう、ですね。私が生まれたのはこの世界……。今日だけで初めて見るキールたちの表情がいっぱいあって、少し……」
 ごそ、と動く音がしてクラレットは口を閉ざした。
「あー、さっきの言葉、ちょっと違った。他人とか、…身内と一緒に寝るのも、慣れてなかったー……おやすみっ」
 勢いよく布団を被りなおしたカシスに、クラレットはぽかんとした。少しずつ、言葉の意味が染み入ってくると自然と口元が綻んだ。それだけでなく、目頭が熱くなって。
「クラレット……」
 アヤは身体を起こして、ぎゅうとクラレットを抱きしめた。
「よかったね」
「はい」
 声を出さず、ただ静かに涙を零れるのが止まるまで、ずっと。


「くたばれキール!!!」
「それはこっちの台詞だ、ソル!!!」
 壮絶な戦いを繰り広げる兄弟に、トウヤはぽそっと。
「初めての枕投げにしては物騒だな」
「でも、楽しそうじゃん」
 声を出して笑いながら、ハヤトは劣勢のキールの方に向かう。
「そろいも揃って負けず嫌いだからな」
 トウヤも形勢逆転で負けそうになるソルの加勢する。もちろん、手には枕を持って。


 全力投球の戦いは朝まで続き、旅館の女将の怒鳴り声によって決着がついたそうな。
「バカだなー」
「ぼ、ぼろぼろですね……」
「がきんちょ」
「呆れました」
 女性陣の単刀直入なひと言により、トドメを食らった4人が撃沈したのは言うまでもない。






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