遠くから歓声が聞こえる。
新郎新婦が各地から集ったゲストたちのところを回り、祝福を受けているのだ。空は快晴、さわやかな風が肌に心地よい。全てが今日、夫婦となる二人……ギブソンとミモザを祝っているかのようだった。
そんな式典の会場の隅……広い屋敷の庭にある立派な木にキールはもたれ掛かっていた。二人を祝う気持ちは当然ある。直接伝えたし、フラット全体でティーセットを贈った。
それが終わってから一気に力が抜けて……要するに、キールは疲れていた。元より人が大勢いる場所が苦手なことを思い出す。
(ハヤトは……ああ)
会場の中央でちょうどギブソンとミモザと話している最中だった。その周囲には、傀儡戦争を終結させた立役者でありギブソンたちの後輩であるマグナや、帝国で起きた堕竜が絡む騒動で活躍したライもいる。それぞれが『勇者』と讃えられてもおかしくない、突出した人物だった。
ギブソンたちは、この繋がりが生まれることも狙いだったんだろう、とキールは思う。リィンバウムの守護は、エルゴの代行者であるハヤトと守護者たちが役目として担うもの。しかし、世界は広い。届かない場所には彼らがいるということを互いに知らせるために。
(……単に、皆で騒ぎたいだけというのが最有力説だけどね)
また、新たな歓声……笑い声が響く。その中にはハヤトの声も混じっていた。最初は式典などに参加することが初めてだと緊張していたのだが、基本的にマイペースな彼はすぐ馴染んでしまった。人が周囲に集まりやすいタイプでもあるのだから、それは自然だろう。同時にトラブルもよく抱え込んでくるのがハヤトという少年なのだが。
(まったく……人の気も知らないでね)
木の幹に背中を預け、ぺたんと地面に腰をおろす。冷たくないが温い土の感触が、少し不快だった。


「…ル、キール!」
「ん……」
ゆっくり目を開くと、覗き込むハヤトの顔が視界にあって思わず「わっ!?」とキールは反射的に顔を上げた。おもいきり額がぶつかり、お互い「いてぇ……」と頭を抱え込む。傍目には間抜けな光景だった。
「いきなり驚くじゃないか、キール!?」
「それはこっちの台詞だ。突然どうしたんだ?」
涙目同士の会話は文句から始まった。それに対し、ハヤトはむすっと反論した。
「突然もなにも、いつの間にかいなくなってるから探しに来たんだろ!? そしたら此処で寝てるし……!」
「――あ……うたた寝してた、のか。どのぐらい過ぎてる?」
「デザートがどんどん運ばれてるところ」
ハヤトの返事は答えになっていないようだが、キールはとりあえず「ああ、そうか」と返した。
「それよりどうしてこんな所にいるんだよ? 美味しいもの逃しちゃうぞ?」
「僕は君ほど食欲旺盛じゃないし、必要な分だけ摂取すればそれでいい。それに……」
「ん?」
やや不機嫌、といった表情を隠さずハヤトはキールの顔を窺がう。
「知ってるだろ、僕がこういった場所を苦手なの」
「――――」
マントについた土を手で払いながら、キールは視線を逸らし俯く。
そう、ハヤトなら勘付いているはずだった。キールが人の多い場所、祝いの空間……そういった類が苦手なことは。しかし、それを敢えて聞いているのだということをキールは気づいていた。
『聞かないでいて、後悔することの方が多いって知ったから』
以前、そんなことをハヤトは言っていた。それは誰のことだったか……はっきりしないが。なるほどハヤトらしいとキールは思う。同時に、容赦ないとも……。
「じゃあ俺もここにいよっと」
「!? 君は駄目だろうっ!? 君は……」
「君が何だよ?」
今度ははっきり、拗ねた声音だった。キールは思わずハヤトをまじまじと見つめる。ハヤトは無言でキールの横にぴたりと座った。そして、わざと肩を寄せ体重をぐぐぐっと乗せる。
「って、何してるんだよ君は……まったく」
「キールがそういうこと言うから……」
まるで幼い子供のようだな、と思いつつキールも横に体重を預けると、強引な力はすっと消えた。
――二人とも、無言だった。
ただ、少しだけ変わったことがある。
(温いけど……冷たくない、な……)
キールはふと顔を上げてみた。座っている場所は、同じなのに。



(――ああ、風が……変わった)




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