らしくない、ということは自分が一番解っている。それなのに、何故自分はこんな所にいるんだろう。
ハヤトは内心頭を抱えながら、色とりどりの花たちと睨めっこをしていた。
日常会話の中で、ハヤトは自分のいた世界のことを話すことはしばしばあった。フラットのメンバー……特に子供たちは、未知の世界のことに興味津々だったのだ。ハヤトも懐かしさや知って欲しい気持ちを込めて、紹介したのだが。
まさか、フラットの中で行事化するとは思わなかった。2月14日は女性が男性に感謝や好意を伝えるためにチョコレートをあげる日、なんて簡単な説明をしたのだが、それ以来興味を持ったリプレがチョコレートケーキを焼いてくれるようになった。面白がってアカネもお菓子を持ってくるようになり、フィズやラミも同じようにささやかなチョコレートの贈り物をくれるようになったのだ。
ならば、合わせて教えておかねばならないのが、ホワイトデー。男性からお返しをする日の存在を、ハヤトはきっちり教えていた。……だからこそアカネも乗り気になったんだろう、とハヤトは予想している。
賑やかな路地から見える個性豊かな店たち。その中で、ぱっと目に入ったのが上品な老婆が経営するこじんまりした花屋だった。普段は気に留めることが少ないのだが、なんとなく足を踏み入れて今に到る。
「大切な人に贈るなら、花はうってつけよ」
「は、はぁ……」
花と共に生きてきたずっと年上の女性は染み入るように柔らかな笑顔で、ハヤトは自分の場違いさに落ち着かない。
そもそも、花を贈るという選択が自分には似合わないしキザかもしれない、と頭の中でモヤモヤ迷走を始める。
「大好きな人たちの笑顔を浮かべながら、お花を選ぶといいわよ」
「……笑顔、か」
ハヤトは「うーん」と唸ってから、大きな筒型の花瓶に刺さっている花たちに手を伸ばす。
(この色は……リプレ、これはアカネ……)
時折迷いながらも、ハヤトの人生初の花選びはなかなか順調に進んでいった……が。
「ハヤト、ここにいるなんて珍しいね」
「キ、キールッ!?」
後ろからよく知る声が聞こえて振り返ると、案の定である。手には本を持っている。多分、新しい本を買ってきた帰りだろう。
「こここれには訳が」
「なんでそこまで動揺するんだか……確かに似合わないけど」
「言うな!」
顔を赤くさせて言うハヤトにキールが小さく「ごめん」と苦笑する。
「でも、どうしたんだい本当に?」
「その……前に話しただろ? ホワイトデーってヤツ」
「ああ、男性が女性に倍返しする日か」
「――なんか違うような気もするけど、それ。えっと、たまには趣向を変えてみようかと」
しどろもどろのハヤトに、キールは感心したような顔を浮かべた。
「ハヤトらしからぬ気の利かせ方じゃないか。いいと思うよ……アカネ辺りは不服だろうけど」
きっと食べるものを期待しているだろう、というのは共通認識である。
「キール、その、頼む……!」
突然ハヤトが拝むように両手を併せる。キールにはすぐにその意図に気づき、再び苦笑した。
「……一緒に買ってほしいのかい? そこまで恥ずかしがらなくても」
二人で不毛な会話をしている間にも、店員の老婆が慣れた手つきで花束を作っていく。赤いリボンは、明らかに女性向けの贈り物と分かる。
「たーのーむーかーらーーっ!!」
「……やれやれ、分かったよ」
そんなに照れるなら最初から選ばなきゃいいのにと思いつつ、肩で息をするように必死なハヤトを見ていると微笑ましくもなる。ハヤトは基本的に、誰もが認めるお人好しだ。そして、誰かの為に何かしようと考えると普段はマイペースなくせにやたら生真面目さを発揮する。単純に、喜んでもらえるかな……と思ったに違いないのだ。
「――僕には出来ない発想だ……」
そこは、素直に眩しいとキールは思う。

「ありがとうございました。喜んでもらえるといいわね」
店を出る時、かけられた言葉にハヤトは「うん」と照れくさげに笑った。いざ買ってしまうと吹っ切れたようで、花束を前に抱えて満足げである。
「結構、大きな花束になったね」
「広間の中央のテーブルに飾れるといいんだけど」
どうやら花束に合うサイズの花瓶があるかどうかまでは考えが到っていないようだ。キールがそちらも購入することを提案しようかと思案していると、目の前にひょいと現れたものがあった。
それは、蒼い……夕刻から夜へ深まろうとする空に似た色の花だった。
「これはお礼。キールに」
花束とは別に分けて買っていたらしい。ハヤトはニコッと笑いながらキールに手渡した。キールは目を丸々させながらも、「ありがとう」と受け取った。
「――キミってさ」
「ん?」
ハヤトは花束を抱えながら、きょとんと首を傾げる。
「どう考えても、そっちの方がその……なんでもない……」
「キール〜〜?」
不思議そうにしながらも、「まぁいっか」と前を歩き出すハヤトにほっとキールは安堵した。今、自分の顔がどんなことになっているかなんて、見られる訳にはいかないのだから。




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