それは突然起こった。
もうそろそろ起きようかとソルがベッドから足を下ろそうとしたら、隣の部屋からまるで小さな爆発でも起こったかのような音と地響きが聞こえたのだ。隣の部屋は、確認するまでもなくナツミの部屋だ。ソルは何事かと慌てて身を起こした。
「ナツミ、何があった!?」
躊躇い無くドアを開けても、そこにはナツミがいない。しかも、もくもくと謎の煙が立ちのぼっていて、部屋の中は視界が悪かった。不可解ながらもソルは注意深く目をこらす。
「ナツミ……?」
「……ル、ソル!!」
不意にナツミの声が聞こえた。ソルは部屋を見渡してみる。煙は大分薄くなってきたようだ。
「ソル、こっち!!!」
「こっちって…………」
声が聞こえた方……即ち足元に視線を動かして、ソルは絶句した。
「ナ、ナツミ……!?」
そこには、手のひらサイズの小さいナツミが「おーい」と両手を振って立っていたのであった……。


「……で、何が原因なんだ?」
「召喚術の失敗によるもののようだ」
テーブルの中央にてリプレが用意した小さいお皿の食事を一生懸命食べているナツミを眺めながら、話し合いは始まった。ナツミの体がまるで小人のようになってしまった。本来なら深刻なはずなのだが、当のナツミが楽観的なので皆の表情はそう暗くはない。
「ナツミが俺の召喚術の詠唱を真似てみたのが発端らしい」
「だって、魔法使いって感じでやってみたかったんだもん」
パンをなかなか千切れないでいるナツミを見て、モナティが「ハイですの」と小さく千切って渡す。それによってナツミは「ありがと!」とやっとパンを頬張ることに成功した。
「ナツミは元々エルゴの加護で詠唱を必要としていない……そもそも、理論的に召喚術を行使している訳ではないんだ」
「感覚的にってことか?」
召喚術に関しては使い方は教わったが素人に近いガゼルが首を傾げる。
「ああ。そんな状態で詠唱したら、理解していないくせに魔力と技術はあるから……中途半端に力が発動する。今回の件は、珍しいケースだが報告例はあるようだ」
「そんなことより、ナツミはちゃんと戻れるの? それが今は大切なことでしょ」
リプレが痺れを切らし肝心なことを聞くと、ソルは「ああ」と頷いた。
「魔力の逆流によるものだから、そのうち勝手に戻るはずだ」
「そっか、じゃあ束の間の小人体験になるんだね」
のほほんとナツミが笑う。
「まったく、人騒がせな。召喚術をわざわざ理解していない詠唱で行使するなんて、奇天烈な暗号をエルゴに飛ばすのにも似た行いだ」
不機嫌そうに言うソルに、ナツミは「ごめんごめん」と困ったように微笑む。
「まぁ、わたしの見込みだと夜ぐらいには戻ると思うから……なんとなく。それぐらいまでだったら何とかなるでしょ」
普段の五分の一ぐらいの量でお腹いっぱいになってしまった。内心、これは良いダイエットになるかもしれないと不埒なことが浮かんでしまうナツミである。「ごちそうさま!」と手を合わせてから、ナツミはテーブルの端っこまでテクテク移動した。
「……っと……結構高いわね」
テーブルの上から床を見下ろすとクラクラする。ナツミが立ち止まっていると、前にすっと手が差し出された。
「乗れよ。下りるんだろ?」
少しぶっきらぼうな声のソルに、ナツミは何か思いついたようにニマリとした。そそくさと手のひらに乗ったかと思えば、腕をよじ登りソルの肩にちょんと座ってしまった。
「……って、オイ!?」
「さぁ、すすめーーーソル号っ! 出発しんこーー!」
「オイ!?」
完全にペースを崩されているソルを見かねて、リプレがやんわり声をかける。
「まぁまぁ、何かと不便だろうしいいじゃない。今日一日の間なら」
「なんで俺がっ!?」
焦って言い返すソルの頬っぺたをつねってやろうかとナツミはむくれて見せるが、ソルは気づかないでいる。
「じゃあオレが肩に乗せてやろうか?」
「いや、俺が面倒見る」
悪戯っぽく言うガゼルにソルは即座に答えた。ガゼルは笑いを抑えつつ、「じゃあ任せたぜ?」と手をひらひらさせた。
「じゃあソル、今日は移動よろしく!」
「……ああ」
ガゼルたちのやたら見守るような笑顔に居たたまれなさを感じつつ、肩にある仄かな温もりが心地よいのは否めない。もう、素直に応じるしかソルに選択肢は無いのである。
「で、何処に出発するんだ。……トイレか?」
「デリカシーないっ!!」
おもいっきり小さな両手で頬をつねられたソルの絶叫がフラットの広間に木霊するのであった。





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