素っ頓狂な声が、食堂にこだました。それは、歓喜の声。
「白いご飯に味噌汁、それに肉じゃがだ――っ!」
「……それ、うちのメニューの中でも一番最初に出来たヤツなんだけど」
感激に打ち震えるハヤトに、ライは驚きまじりの笑いを浮かべた。
「リィンバウムでまさか肉じゃがに遭遇するなんて思わなかった。
俺も特別好きって訳じゃなかったけど、なんていうか懐かしい味だよ」
旅行で帝国に行ったはずのガゼル達から緊急の連絡があったのは、先日のこと。
手紙には「とにかく来てくれ」というメッセージと町の名前しかなく、
何がどうなって急いでいるのか分からないまま、ハヤトとクラレットは帝国の町トレイユに向かった。
そこではアルバが世話になっていたり、アカネが何故か働いていたり……
他にも懐かしい顔ぶれと馴染みある人との縁があった。
堕竜との戦いが終わった翌日、ハヤト達はアルバ達が世話になっているライの宿に泊まった。
ライ曰く「こんなにも客室が埋まったのは初めてだ」とのこと。
そこで巡り合ったのは、ただ人とだけでは無かったのであった。
「イタマエ……板前かぁ、なるほど。俺と同郷なんだろうな、君のお父さん」
「なぁ……その、ハヤトさんの国の人って全員めちゃくちゃ力強かったりするのか?」
ライの疑問は尤もだった。自分の父親の出自など尋ねたことはないが、
リィンバウムの人間ではないことは感じていた。
つまりライには生粋のリィンバウム生まれの血は流れていないということだ。
「いや、偶然だと思うけど」
あはは、と軽くハヤトは笑った。用意された箸でヒョイとじゃがいもを掴む。
シルターン育ちの面々以外は箸を使うのに苦労している姿をよく見受けるが、
ハヤトのそれは慣れ親しんでいる様子だった。
ほくほくのじゃがいもを口の中に放り込み、ハヤトは至福だ、と表情で訴えた。
「あの……クラレットさん、だったよな? 口に合わなかったか? 別のも用意できるけど」
先ほどから同じテーブルに座るクラレットは無言で、ハヤトとライの会話を眺めていた。
クラレットも強大な能力を持つ召喚師であり、ハヤトのパートナーである程度にしかライは話を聞いていない。
そんなことより料理人として、客に満足できる食事を提供することは当然。
数あるレパートリーから謎多き女性の好みそうなメニューを思案し始めると。
「あ、違うんです。これがハヤトの世界にもある料理なんだって……思って」
慌ててクラレットは箸に手を伸ばす……が、握り方がぎこちない。これまでの接客経験から、
スプーンとフォークも用意していたのだが、あえてそちらを使うということは口出さない方がいいのだろう。
「リプレさんと色々レピシ交換させてもらったから、他にも食べたいのがあれば言ったら作ってくれるんじゃないか?」
「それは嬉しいな。リプレって凄いんだ、俺が食べたいって言ったラーメンまで再現してくれてさ」
「あ、オレもそのレピシ教わった」
和気藹々と語らう2人を見つめてから、ふいとクラレットは自らの手元に視線を移す。
箸は、なかなか上手いこと扱えない。シオンの屋台でも、なかなか麺が掴めないので結局フォークで食べたことがある。
意外なところでクラレットは不器用であった。
「せっかく置いてくれてるんだし、フォーク使えばいいのに。結構頑固なとこあるよな」
苦笑しつつ、以前あった箸で垂直串刺しをしなくなっただけ進歩かな、とも思うハヤトである。
クラレットの手に自分の手を添えて、箸の持ち方を修正した。
クラレットは目で、「この持ち方も使いにくいです」と言っているようだった。
「……さて、と。オレは厨房に戻るな。ゆっくりしていってくれよ?」
ライにしては珍しく気を利かせた、とリシェル辺りが見れば賞賛したかもしれない。
ライには少しだけ、ハヤトが頑固と称したクラレットの気持ちが理解できた。
(元は違う世界のだからって、今は同じ世界にあるんだから……共有したいよな?)
それが、好きな相手のことなら尚更だろう。ライの目にもクラレットは一途だった。
そしてハヤトは鈍感だった。ライを知る周囲が聞けば、アンタが言うなと盛大なツッコミを入れそうだが。
料理は流石に冷めてきた。クラレットは持ち方を修正されながらゆっくり芋を口に運ぶ。
……が、手前まで来て落としてしまう。クラレットが明らかに落胆で肩を落とすと、
横からすっと別の芋を口元に差し出された。
「ほらほら、あったかい内に食べた方が美味いぜ?」
「…………あの、ハヤト……」
「ん?」
それは、ハヤトが食べさせてくれるという意味でやっているのだろうが、
よく考えなくても恥ずかしいことではなかろうか。クラレットが顔を少し赤めて問うように見返しても、
ハヤトの中では「肉じゃががこのまま冷めてしまうのはもったいない」という思考なのだろう。
勘弁してクラレットは口を開けると、「ほいっ」と軽い調子でハヤトが食べさせた。
そんなハヤトをじっと5秒ほど見つめてから気恥ずかしくなり、クラレットは目を逸らすと、
ようやくハヤトも気づいたのか無言で顔を赤くさせていた。きっと、クラレットよりも。
それがおかしくて、クラレットはふふっと微笑んだ。
「私も、お料理勉強したいです……ライさんから」
「? 突然なんで?」
首を傾げるハヤトに、クラレットは微かに声のトーンを落とす。
「だって、これは……こんな食事を食べて生きてきたハヤトの生活を奪ったきっかけは」
「………待った。その辺りは、もういいよ」
手を前に出し、クラレットが言わんとすることを制した。
「―――ごめんなさい」
「うん、謝ることなんかないって」
ハヤトは冷めてしまった味噌汁をぐぐっと飲んだ。冷めてもまだ美味しいのは、きっとライの腕のおかげだ。
多分、地球……日本に住んでた頃の家で食べたご飯より美味しい。
「あの、それだけじゃないんです」
「ん?」
「あの……だって、ハヤトがあんな幸せそうな顔をするから……」
「ん? 俺?」
不思議そうなハヤトの鼻先を、クラレットは細い指先できゅっとつまんだ。
先ほどまでの照れくさい空気など、とうに消えている。
「なんでもないですっ」
自分が準備した食事より、リプレやライが用意した食事の方が格段に美味しいと分かっている。
それよりもハヤトの反応がめざましく違うことがクラレットには気になる訳で。
(頑固じゃなくって、きっと……負けたくないのかもしれませんね)
1番の強敵は、のんきな顔をして食事を続行しているハヤトに違いなかった。
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