「おっはよー!」
朝から元気よく広間に現れたナツミを、リプレが「おはよう」と笑顔で出迎える。ナツミはいつもの席へ一直線に向かい、「今日の朝ごはんもたっのしみー」と笑顔だ。そんなナツミの前にホットミルクを用意しながら、リプレが「あ」と声を上げる。ぴたりと停止したリプレに「んー?」とナツミが首を傾げた。
「どうしたの、リプレ?」
「ほら、服の……スカートの隅の方、ボロボロだわ」
「あーっ!?」
指で示されたところを見てみると、確かにスカートの端の部分が焦げたように傷んでいた。ここのところ、生死を分けるような厳しい戦いは無いのだがはぐれ召喚獣や盗賊など、突発的な戦いは絶えない。そんな中でいつの間にかダメージを受けていたのだろう。
「せっかくリプレに作ってもらったのにぃ」
「安い生地で作ってるから、そんなガッカリしなくていいわよ。それにナツミは命懸けて戦ってるんだもの、ちゃんと服より防具の方に力入れた方がいいわよ、ね?」
あからさまに落胆するナツミに、リプレが諭すように声をかける。
「違うよー、リプレに作ってもらったこの服、可愛くて気に入ってたんだもん。うわぁショック……」
「ナツミ……」
ナツミの言葉にリプレがじんわりしている中、新たに「おはよ……」と広間に現れたのはソルだった。朝が弱いソルは、あくびをしながらだるそうに椅子に座る。
「ソル、おはよー」
「ああ、おはよう……なに並んで深刻な顔してるんだ二人とも?」
「スカートがボロボロになっちゃったんだよ〜」
ナツミが傷んだスカートの端を摘まんで説明する……と。
「――ってぇ!?」
ソルの脳天にリプレの鍋が軽くヒットする。
「女の子の足をじろじろ見るんじゃありません」
「ナツミが見せたんだろう?!!」
そんなことは余所に、「あー……私のお気に入り〜〜」と項垂れたままのナツミ。それを見て、リプレはにっこり笑った。


「……で、お使いって何だ?」
「ナツミの新しい服の生地を買ってきてほしいの。前よりはお金も自由が利くし、ナツミはまだ物価が分からない点もあるからソルが一緒に行ってあげて?」
「なんで……俺が……」
「そりゃあソルだからでしょ? それとも何? 女の子に一人で行かせる気?」
リプレは仁王立ちで言い放つ。以前ほど治安が悪い訳ではないが、今でもスリや恐喝、強盗が無くはない。しかし、それらがナツミより強いかと言われれば確実に弱いのだが、この場合はそういう問題ではない。それは、ソルも理解していた。
「最近、ナツミも戦いが続いて息抜きしたいだろうし、ソルだっていい機会じゃない」
「……だから……いい機会って何が……」
「ほらほら、つべこべ言わずナツミを誘ってらっしゃい! いってらっしゃい!」
背中をドンを押され、ソルはしぶしぶナツミの部屋に向かった。手渡されたメモにはナツミ用の服の生地だけでなく、夕ご飯の食材も書かれている。その辺り、リプレはちゃっかりしていた。
「――なんで俺が……」
そう言いながら、リプレが言う通りここしばらく規模は小さいながらも戦いでしか外出していないことに気づいた。ナツミが戦うということは、当然ソルも隣で戦うということだ。戦闘の張り詰めた空気は嫌いではないが、ナツミにとってはどうだろうか。ドアをノックしながら、ぼんやりソルは思う。
「ナツミ、時間あるか?」
「はぁーい」
間延びした返事と共に、ナツミがドアを開けた。どうやらごろ寝をしていたらしく、髪の毛を手でさっさと整えている最中である。
「どうしたの?」
「リプレから、これを頼まれた」
ソルは殆どが食材名で埋まったメモをナツミに見せた。視線を忙しく動かして、漸く気づいたようだった。
「あ、これって……!」
「また、リプレが作ってくれるってさ。……行くか?」
「うん!!」
ぱっと花が急に咲いたような笑顔に面食らい、咄嗟にソルは踵を返した。
「――じゃあ、玄関で待ってるから用意してこいよ」
「うん!!」
後ろから聞こえてくるパタパタ騒々しい音は、ナツミらしくて思わず口元が綻んでしまった。


賑やかな商店街の中を並んで歩くのは久しぶりだった。最近は戦いに疲れているだろうと、リプレが子供たちと早い時間に買い物を済ませているのだ。
「あーっ、あの果物美味しそうっ!」
「あっ、肉まんも食べたーい!」
時折ソルの服の袖を引っ張っては、ナツミは楽しそうにあちこち見てまわる。
「おい、本来の目的を忘れるなよ?!」
ソルが買い物メモの内容を思い出そうとメモをポケットから取り出したら。
「!?」
口の中に甘酸っぱい味が広がる。口の中に一口で入る大きさのその果物は、ソルも心当たりがあった。
「わたしの世界では、イチゴって言うんだけどコッチではまた違うみたいね? さっきおばさんが美味しいよってくれたの!」
「それは良かったな……って。違う! お前な……あんなに朝はスカートがーって言ってたくせに、ちゃんと選べよ?」
「ねぇねぇ、ソルも一緒に選んでよっ?!」
ナツミの無邪気な提案に、ソルは一瞬思考が停止した。
「――――えっ」
「なんでそんなに固まることがあるのかなぁ?」
ソルの想像以上の反応にナツミは不服そうに唇を尖らせる。言いながらも、ソルにそんな発想があるとは思っていない。……少し前までのナツミにだって、無かったのだから。
「な、なんで俺が……っ?」
「さーさー、本日のメインイベント〜! いってみよー!!」
「だからなんで……!?」
ナツミの嵐のような勢いのまま、二人はサイジェントの商店街にひっそり佇む布を取り扱う専門店にたどり着いた。ここはリプレの行きつけの店で、ナツミも何度か足を運んだことがある。店主は六十代後半であろう穏やかな年配の女性で、一人で経営しているらしい。
「あらあら、ナツミちゃん。今日もおつかい?」
「うん。わたしの服が傷んじゃって、新しい服を作ってもらうの」
和気藹々と会話を始める二人。一方、ソルは普段来ない店の雰囲気に少々居心地が悪い。辺りを見回すと、手作りと思われる衣装や編み物がいたる所に展示されていた。
「――でね、ソルにも一緒に選んでもらうんだっ!」
急に話を振られ、思わずそちらを向くと期待と好奇の眼差しがそれぞれソルに注がれていた。後ずさりしそうになるのを、なんとかソルは持ちこたえる。
「……そんなこと言ったって、俺は服とか分からんしどういった生地がいいかも知らないぞ」
「それは私がいるから安心なさい?」
店主のフォローが入り、ぐっとソルは言葉を詰まらせる。ここは、どうしても自分が選ばなきゃいけないのだろうか。救いを求めるようにナツミを見る。
「……難しく考えなくたっていいのに、もう」
ナツミはふんわり苦笑した。それは怒りや呆れを感じさせない、「困ったなぁ」という笑顔。
「うん、だからね? 一緒にえらぼ?」
「あ、ああ……?」
ナツミはソルの隣に立ち、陳列する色とりどりの生地を見やる。店の空気に慣れたのか、ソルにも落ち着きが戻ってきた。
「何か、希望でもあるのか?」
さり気なく投げかけられた言葉に、ナツミは嬉しそうに「あのね……!」と答える。そんな二人の背中を見守りながら、店主は微笑ましげに呟く。
「良かったわねぇ、ナツミちゃん」


――――そして……。
「あれ、結局同じ色にしたの?」
「うん」
台所でリプレに買い物袋を渡しながら、ナツミは「えへへ」と照れ笑いをする。新しい色に挑戦したい気もあったが、この世界に来てから自分のトレードマークのようになっている服に愛着が強くなっているのは事実。部活で着ていたユニフォームのような感覚なのかもしれない、と思いつつ頷く。
「……で、彼はどうだったの?」
リプレがこそっと耳打ちする。ナツミが答える前に、ソルが重いほうの買い物袋を持って台所に入ってきた。リプレは慌てて振り返り「お疲れ様!」と労いの言葉をかける。
「ん、ああ……」
「ソルも一緒だったのにナツミってば、また同じ色なの?」
異論はないが拍子抜けもあり、リプレが言うとソルはあっけらかんと答えた。
「ナツミはその色が一番似合うからそれがいいんだよ」
「……!」
ナツミが目を丸々しながら顔を上げる。リプレは「へー、ほー」と笑いを堪えるのを見て、ソルは「な、なんだ……?」と不審そうに言うと。
「もっと早くそれが聞きたかったゾーー!?」
ナツミの突然のアタックが背中に決まり、情けないソルの声が台所に響き渡る。「だからなんなんだ!?」と反論する暇もなくナツミは全力疾走で台所から出て行ってしまった。何がどうなっているのかやはり分からず、呆気に取られているソルに助け舟を出したのはリプレだった。
「豪快な照れ隠しね」
くすくす笑うリプレに、ソルは気恥ずかしさを隠すように「ほんと、分からん」とぼやくのであった。





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