急に「大変だから来い」とだけ伝令を受け、強行軍でやってきた矢先だった。上空……しかも次元の壁の奥に潜む異様な気配を感じ、リィンバウムを揺るがす事件であると覚った。
咄嗟に結界を張り事なきに終えたが、空の彼方にあるという要塞に向かったアルバ達はまだ帰ってこなかった。
「――ああ、でもさっきの禍々しい魔力は消えてるようだね……?」
「ええ」
ハヤトより魔力に敏感なクラレットが頷く。
「きっと元気に帰ってきます」
「うん……そうだね」
空を見上げながら、ハヤトは目を細めた。

戦いが落ち着き、けが人の手当てや休憩で街の周辺は雑然としていた。人々の中にガゼルを見つけ、ハヤトは「おーい!!」と大きく手を振る。ひとつ、気になることがあったのだ。
「おい、ハヤトー!?」
「ガゼル、皆で先に休んでおいてくれ! ちょっと用事っ!」
「何か知らねえが、北にある宿屋で待ってるぞ」
危険なところに行く訳ではないようだとガゼルは特に追求しなかった。ハヤトとクラレットは目配せしてからその場所へ向かった。
「……あれ……? こっから強烈な魔力を感じたんだけどな?」
「ええ……静か過ぎて不自然ですね」
トレイユの街の傍にある森の奥、そこにひっそりとある湖は見る者を和ませるどころか水が濁りきっており人が寄りつかなそうな場所だった。
「なにか、神聖な感じさえしたんだけど、おっかしいな?」
「――悪者って風には見えんが、一応聞いておくぜ。お前さんら、何者だ?」
歩いてきた道の方から威圧感が迫り、ハヤトとクラレットはゆっくり振り返る。そこには派手な格好の一人の男が立っていた。
「何者って言われても……俺はハヤト。こっちがクラレット。さっき、ここから不思議な力を感じたから確かめに来ただけです」
「……まぁ、他意は無さそうだな。それにしても、ハヤト……か。もしかして同郷か?」
男は茶色がかった黒髪をぼりぼりしながら笑みを浮かべた。ハヤトも言われて納得した。召喚術によりハヤトはリィンバウムでの言葉に不自由がないのだが、何処となく目の前に立つ男からは魔力による翻訳が為されていないような違和感があった。つまり、それは……。
「日本人ですか?」
「懐かしい響きだねぇ」
――男は、シニカルに笑った……。



「おう、ハヤト、クラレット! 先に落ち着いてるぜ」
指定された宿屋に向かうと、入り口の前で見知った面々が集っていた。その中にはアルバとアカネも勿論いる。
「そんでもって、以前世話になって今もアルバとアカネが世話になってる宿屋の店主な……」
「ライです」
まだ幼さを感じさせるようで、向けられた瞳には強靭な意志が宿っているかのようだった。淡く輝く銀の髪、そして内側から発せられる不思議な魔力。ハヤトは「ああ、そうか」と内心で頷く。
「アルバとアカネからよく話を聞いてたから、逢ってみたかったんだ……です」
「あはは、別に畏まらなくてもいいって」
苦笑しつつ、ハヤトはアルバはともかくアカネは何をどう話してたのかと少し勘ぐってしまった。そして、片手を差しのべる。
「俺はハヤト。よろしく、ライ」
「どうも……」
ハヤトより小さな手は、やはり弱々しさは微塵も感じさせない大らかな力で満ちていた。



「――っていう訳で、オレはリィンバウムにいる訳だ。久しぶりに故郷の人間に会えて嬉しく思うぜ。あと、うちのガキにもよろしくな」
「あの、息子さんはもうすぐ帰ってこられますよ?」
颯爽と立ち去ろうとする男をクラレットが呼び止める。
「ああ、分かってる。今はまだ会う時じゃねーから無事を確認したしさっさと目の上のたんこぶは消えるとするさ」
「それって、あなたの息子がそう言ったんですか? ずっと会ってないんだったら会いたいって思うと……俺は、思うんだけど」
遠慮がちにハヤトは言った。
「俺、自分でこっちで生きるって決めた……ちょっとした親不孝者だからさ、会えるなら会っといた方がいいよ」
「はは、優しいガキだなぁ、お前らも。ただ、ちょーっと違うのは……オレは親不孝者じゃなくガキ不孝者ってヤツなんだよ」
「……??」
クラレットが不思議そうに首を傾げる。あからさまな反応に、男は付け加えた。
「親以上に親みたいな面構えで色んなもの背負っちまった姿を見たら、今のままでノコノコ顔出せる勇気も度胸もねーってこった」


「――どうかしたのか?」
握手をしたまま黙りこんだハヤトにライが声をかける。「あ。いや、なんでもない」と慌ててハヤトは取り繕った。おもいっきり不自然だが、苦笑しつつライは「そっか」と納得してくれた。
(なるほど。なんか俺より落ち着いてるっぽいや)
そこにはちょっと情けなさもありつつ、ハヤトはにこりと笑った。ライは別の仲間に呼ばれ、お辞儀をしてからそちらへ慌しく走っていった。その背中を見送るハヤトに、クラレットは控えめな声で問いかける。
「ハヤト……」
「今日知り合ったばかりの俺たちが立ち入っていいものじゃないよな」
「――釈然としませんが」
やや不満げなクラレットにやんわり苦笑しながら、ハヤトは空を仰ぐ。遠い故郷はその先に存在しないと知りつつ。





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