「なぁ、どうしてこうなったんだ?」
「んーー……なんでだろうね?」
訝しげなガゼルに、ナツミは困ったように笑った。実際、聞かれたところでナツミにも分からないのだ。無色の派閥との争いが一段落してから、のんびり花見をしようと言い出したのはソルだった。フラットの面々は驚きを隠せなかった。ソルは普段からどちらかと言えばインドア派で読書をしている方を好む。買い物に付き合うぐらいはするが、進んで外出、しかも皆で一緒に遊びに行こうなどと言った試しが無かったのにだ。
今日はうららかな花見日和。そよ風が花をゆったり散らし、見る者を楽しませる。当然のように酒盛りが弾んだ。そして、更に驚くことにその酒盛りの中にソルも混ざっていた。レイドやエドス、シオンやマーン兄弟も今回は一緒である。酒が入ってご機嫌のエドスとキムランの中にソルがいる。共に酒を飲み交わしている。それは、ガゼルだけでなくナツミにとっても不思議な光景だった。
「ソルって酒を一滴も飲めないって訳じゃないんだな」
「ガゼルは飲まないの?」
「オレは食ってる方がいいし」
「そっか」
納得、とナツミは頷く。リィンバウムの法がどんなものか、詳しくナツミは知らない。ただ、高校生だった自分はまだ残っていて酒を飲むのを今もやんわり断り続けている。成人の誕生日になったら、皆と一緒に飲みたいな……と夢見つつ。しかしそんなナツミでも、エドスやキムランと同じように飲もうとは思わない。ソルはぐいっと一気に飲んではエドス達の喝采を浴びている。
「ソルも結構飲めるんだ……」
自分だけ子供のまま残っているような心地悪さに、ナツミは口を尖らせる。勝手にソルは飲まないとイメージしていたのだ。不意に肩をとんとん、と突かれナツミは「えっ」と振り返る。
「ナツミさん」
騒ぎから少し離れた輪にいたシオンがいつの間にか背後に立っていた。弟子のアカネはガゼルやジンガ達とリプレの料理に夢中になっている。
「シオンさん、どうしたんですか?」
「そろそろ……ああ、遅かったですね」
「え?」
ナツミが眼を瞬かせたと同時だった。「大丈夫か!?」という声が後方から聞こえてきたのは。
「ちょっと冷たい水持ってきてくれ!!」
「――ソル!!?」
騒ぎの方を向いてみれば、その中心でソルが顔を真っ白にして倒れていた……。



「――う……」
うっすら目を開くと、木漏れ日と心配げなナツミの顔があった。
「ソル、急に倒れるんだもん、心配したよう」
ほっとしてナツミはふにゃっと微笑む。ナツミもどうしていいか分からずおろおろしていたのだが、シオンが少し離れた所で横になっていた方がいいと助言してくれたのだ。花見の宴は今も続いている。笑い声が、そよそよと風に乗ってナツミの耳に触れる。
「すまん……」
「もう、お酒の量はちゃんと弁えてよー!?」
そこで初めてソルは、自分の頭がナツミの太ももに置かれていることに気づき咄嗟に頭を上げようとした。しかし、急な動作は頭痛を更に引き起こすことになり大人しく頭を落ち着かせる。ずっと、こうして側についていてくれたのか……そんな甘酸っぱい気持ちと共に情けなくなる。
「――酒を飲むのは初めてだ」
「え」
ソルの言葉にナツミは絶句した。当然、ある程度飲み慣れているからあの場に進んでいたのだろうと思っていたので。
「な、なんかソル、急にどうかしちゃったの? 今回の花見といい……嬉しいけど、急すぎて不安にもなるよ」
ナツミは漸くずっと思っていたことをソルに伝えられた。ソルは本来、慎重なタイプだ。ナツミのブレーキ役を買って出るような存在であるのに、今回はどうしたことか。
「……変わろう……と、思ってやってみたんだが……」
「ソル……?」
口元には自嘲が浮かんでいた。ナツミは思わずソルの髪を梳くように撫でる。
「セルボルト家と完全に決別して、俺はただの浮浪者みたいなものだ。いや、それより性質が悪い……世界を危機に陥れたんだからな。それを……彼らは……受け入れてくれたから」
「うん……?」
「彼らが……受け入れてくれたように、俺も、受け入れたい……そう思って何か、やってみようと思ったんだが」
「……皆で花見に行ってみようって言い出したり、エドス達に合わせて一緒に飲んだり?」
柔らかな声音で問うナツミに、ソルはああ、と頷く。頭の痛みはいつの間にか落ち着いていた。額に添えられた掌は、春の匂いがした。
「らしくないことを連発してから回っただけだったな。結果、迷惑をかけた」
「ソルのそういう気持ちは、嬉しいよ。皆に合わせようって思ってくれたことは、ソルが皆とこれからも一緒にいたいってことでしょ? でもね、ちょっとムリしすぎ」
「……反省してる」
反論の余地は無く、ソルは嘆息した。反対にナツミの表情はどこまでも穏やかだ。
「だから、そういうムリはあたしが引き受けるから、ソルはちゃんとあたしを見守っていて? 役割分担! これでモーマンタイ……ねっ?」
「頷いたら、本当にお前は無茶しそうだ……言われなくても、そのつもりだ」
「えへへ、そっか」
照れ臭くなりナツミは頭をぽりぽり掻いた。――アルバ達の陽気な歌声が聞こえてくる。春の訪れを歓ぶ歌だと、以前ラミに教えてもらった歌だ。
「……今日は、あたしが見守る番だね?」
「…………もう少し、こうしていてもいいか……?」
不器用で必死な照れ隠しがソルらしい。ナツミはソルの声真似をして返そうと悪戯心が働いたが、視界で泳ぐ花びら達がナツミにそっと囁いた。素直におなりなさい、と。
「ナツミ?」
黙りこんだナツミにソルは訝しげに声をかける。きゅ、と一度胸を押さえてから、ナツミはそんなソルに微笑んだ。
「あたしも、こうしていたい」
「――そ、か」
ソルの眼差しの先でひらり、ひらりとナツミの髪に花びらが舞い降りた。






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