ハヤトがアヤ、トウヤ、ナツミをフラットに招いたのは混乱が落ち着きつつある春の日だった。
「いらっしゃーーい!」
リプレが笑顔で名もなき世界からの客人を歓迎する。アルバやフィズ、ラミも興味津々で後ろから覗きこむ。
「へぇ……ここが新堂が暮らしてきた場所か」
「わぁーっ、お邪魔しまーす!」
「お邪魔します」
それは三人も同じことで、異界の元孤児院施設であるフラットの中をきょろきょろ眺めた。
「リィンバウムに来てからずーっと、お世話になりっぱなしだったんだ」
ハヤトが照れ臭そうに笑う。
「ところで気になったんですが……」
アヤは壁に貼られたそれを指差す。
「この、壁に貼ってあるのは鯉のぼり……ですよね? リィンバウムにも子供の日の風習があるんですか?」
「ああ、それはハヤトが教えてくれて、チビどもが気に入って作ったんだ」
ぼろぼろの紙と布で継ぎはぎされた鯉のぼりは、いかにもお手製といった出来で微笑ましい。
「へぇ〜! ハヤトがこっちの世界のことを……」
「日にちは分かるから向こうのこと思い出してさ。あ、ホームシックとかじゃないから」
「うふふ、そこまで聞いてませんよ新堂くん」
「ぐっ!?」
墓穴、とハヤトは口を抑える。
「……更に気になるんだが、何で鯉のぼりの上にこの……」
トウヤが鯉のぼりの頭の上に貼られた紙を指す。
「ああ、それは鬼だよ、鬼!! 強そうだろ!?」
おいらが描いたんだぜ、とアルバは胸をはる。赤くて頭部に角が映えているそれは、鬼と言われれば鬼に見える。アヤは「……鬼、ですか……」と感心した口調で頷く。
「ねーねー。更に気になるの発見! その斜め下にあるこの……女の子と男の子の絵は?」
「それはね、『着物』を着たお姫さまと王子さまよ! わたしが描いたんだからアルバよりずーっと上手いでしょ!?」
「え、ああ、うん」
勢いに押されてナツミは思わず頷く。鯉のぼり、そこに乗った鬼、それらの斜め下に配置された姫と王子……と。
「で、この姫と王子は何をやってるんだい?」
深崎スマイルと称される柔和な笑顔で訊ねると、ラミはゆっくり答えた。
「……あのね、鯉のぼりさんの弱点は、アラレっていう、お菓子なの……だから、お姫さまと王子さまはアラレを投げて追い払うんだって……」
「――ふ〜ん……?」
ナツミがじろりとハヤトを睨む。「うっ」と後ずさるハヤト。
「どういうことなんだい、これは?」
「えーっと、子供の日の説明をする時に他のも一緒に説明したら訳わからなくなって、いつの間にかこんなことになってました!!! すいません!!!!」
「適当すぎます、新堂くん」
「はい、深く反省しております」
謝りっぱなしのハヤトに、事態を眺めていたキールが肩を竦めさせる。
「どうりで……訳が分からない説明してると思ったんだ」
「なら助けてくれよ〜〜」
「キミの世界のことだろう?」
そこでハヤトに助け舟を出したのは……。
「ま、オレらにとっての『子供の日』っていう記念日にはなっていったってことだ。それでいいだろ?」
「ガゼルーーーお前、すんごいイイ奴!!」
「すりよるな!!」

「……ぷっ」
一斉に同郷の三人が笑い出し、ハヤトは「なんだよ〜〜」とジト目を向けた。
「いや、楽しく逞しく生きてたようじゃないか」
「そうそう! ね、わたし達にもこっちの世界のことをもっと教えてよ」
「そうですね……でも新堂くん。間違った知識を広めるのは良くないです」
最後に釘を刺され、ハヤトは項垂れた。そんなハヤトを横目に、鯉のぼりの斜め上に貼られた子供たちへ贈り物を運ぶテテに乗ったお爺さん……の絵には触れないでおこうとキールは思った。
それが、相棒としての義務だろうから。






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