今日も、あちこちに傷をつけて……帰ってきた。どこで手に入れたか分からない金が入ったボロ袋を荒っぽく投げてリプレに渡し、ガゼルは部屋に疲れた足取りで入っていった。そんな様子を見つめながら、はぁ……とリプレは吐息した。  最初の頃は、不審な金を受け取るのをきつく拒絶した。それで口論になりラミとアルバを泣かせてしまったこともある。エドスが間に入って、なんとか収拾がつくのだが心のしこりは残ったまま。
「綺麗事言ってるけどな、明日食うメシを買う金あんのかよ!?」
 それを言われると、何も言い返せなくて。苛立った表情のまま渡された、少し重みのある袋を押し返す気力が湧かなかった。リプレもまた、途方に暮れていたから……。収入は働くことができるエドスに頼っていた。そして、育ち盛りの子ども達がいるのだ。やり繰りをするにしても限界があった。
「……はぁ……あっ!?」
 そういえば、雲行きが怪しくなりそうだと思っていたのだ。リプレは慌てて玄関から出ると、ぽつぽつ雨が降り始めるところだった。リプレが忙しく洗濯物を取りこんでいると、気づいたフィズとラミも庭まで走ってきた。
「ママ、てつだうよ!」
「お、お願いね!?」
「うん……っ」
 全て回収する頃には本格的に降り始めていた。三人でほっと一息ついていると、ラミが「あっ」と小さな声をあげた。「どうしたのよ」と姉であるフィズが聞くと、ラミは泣きそうな顔でお気に入りのワンピースを広げて見せた。
「――ああ、慌てすぎてスカートの部分が破れちゃったのか。もったいないな〜」
「ラミの……」
 ついに涙をぽろぽろ落とし始めたラミに、リプレは慰めるように抱きしめる。よしよし、と頭を撫でている途中だった。
「このお服、直る? ラミの……」
「え……と」
 修復するにしても生地やら物がなければ出来ない。頭の中で残っているものを思い出してみるが、何も浮かんではこなかった。
「あの……」
 まだ幼い姉妹。玄関の前で見つけた時、また大人たちに捨てられたのだと解った時。絶対、責任をもって育てるのだと……幸せにするのだと決めたのに。
「あの、ごめんね……ラミ……ママに力が」
 ふぇ……と更に涙が溢れそうになったが、ラミはぎゅっと小さな手でごしごしそれを拭った。
「だいじょうぶだよ」
「――うん……」
 にっこり微笑んで、ラミは廊下に待機させていたぬいぐるみを抱き上げて中へ小走りで入った。小さな子どもに我慢を強いてしまっている……リプレは幼い背中を痛ましげに見送ったが、途中で向けられている視線に気づいた。
「……フィズ?」
「リプレママ。あのね、わたしたち……お客さまじゃないよね?」
「――フィズ……」
「わたしたちも、いっしょに頑張るから。だから、ね。泣かないで……」
「……う、うん……ごめんね。ありがとう……」
 誤魔化せていると思っていたのに、少女は思っていた以上に鋭かった。しとしと床を濡らす雫だけでない温かいものが、ぽたりと落ちた。


 廊下を走ってる途中、ラミは「おい」と呼び止められた。
「……ガゼルおにいちゃん……」
「よく我慢したな、えらいぞチビ」
「だって……」
 普段より柔らかい物言いのガゼルに、ラミは俯きながら答える。
「ママのエプロン、一番……ぼろぼろになってるの。ラミも、おねえちゃんも、アルバも知ってるよ」
「――そーだな」
 頭を掻きながらそう言って、ガゼルは再び自室へ戻った。ベッドに威勢よくダイブすると、古ぼけた木材が呻く。
「オレだってな…………くそっ」
 雨に掻き消された声は、自分だけが聞けばいい苛立ちだった。





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