何でここにいるのか分からない。どうして息をしているのか分からない。
 それでも、こうして今日も生き長らえる……。


 ヒトのカタチをしているからか、檻の中では無かった。ただし、手首は太い鎖で繋がれていた。餌と称して放り込まれる食糧を、ケモノのように頬張り何とか空腹を満たした。『彼ら』はしっかり身体を固定していない時や弱っている時以外は必要以上に近寄ろうとしない。きっと、彼らは恐れているのだろう。
 恐れる必要など、ひとつも無いというのに……。

「――おい、テメェ」
 ふと目の前に陰りが生まれ、地面に這いつくばった顔を上げると見知らぬ青年が立っていた。髪は白銀、そして肌も生気を感じさせないような白だった。しかし、青年からは貧弱さは微塵も感じない。それは、苛烈な深紅の瞳が強烈だからだろう。全身から苛立ちを感じさせる青年に、恐る恐る「なんですか」と返事した。
「何でテメェはそうやってる。その気になればここに縛り付けてる連中を叩きのめせるだろうが」
「……傷つけるのが、恐いからです」
 そんな質問をされたことは、今まで無かった。意外に感じながらも素直に答えた。
「それに……僕がこんなのだから、仕方ないんです。僕が、人間じゃないから……」
「ああ、そうだなァ……テメェのせいだ。あの胸糞悪ィ連中をますます胸糞悪くしてんのは、テメェの弱さだ」
「……僕の、せい……?」
 また、予想外のことを言われて体をゆっくり起こしてその場に座りなおした。見上げると、腹立たしそうに舌打ちしてから青年は口を開いた。
「ンなことも分からねェのか。テメェが力を持っているにも関わらず力を使わねェから、奴らはつけ上がる。弱い連中が強い者を弄ることに奴らは快感を覚えてンだ……テメェがそうさせてる」
「――僕、が……」
 青年の言葉は乱暴だが、考えてもみなかったことばかりだった。深紅の眼で冷たく見下ろした後に、青年はあっさり踵を返した。そのまますたすた歩き去ろうとする。青年のことが気になり、自然と体が動いた……と同時に後方から鈍い音が聞こえた。振り返れば、鎖は無残に壊れていた。
「あ……」
「フン、本当に破りやがった……」
 それに気づいてか、青年は立ち止まっていた。
「テメェ、名前は?」
「……カ……」
「アァ?」

 ――名前を、聞かれた。自身でも忘れそうになっていた、名前を。
「カ、カノン……」
「そうか」
 淡白な返答だった。再び歩き出した青年を、カノンは慌てて追いかける。
「ま、待ってください! あなたの名前はーっ!?」
「フン」

 何でここにいるのか分からない。どうして息をしているのか分からない。
 それでも、今こうして生きているのは与えられたから。食糧、服……鎖。
 そして、最初に与えられたのは『命』の名前だった。

 〜〜生まれた日に、感謝をこめて〜〜





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