『悲劇の始まりの一族よ』
『呪いを生み出した血筋の者よ』

『滅びよ』
『抗うな』


ゆっくり目を開くと、見知った宿の天井があった。薄暗い灯りがゆらゆら揺れ、トリスの頬を照らす。
窓の外はまだ月が煌々と輝いている。朝が来るまでの短いようで、長い時間。トリスは再び目を無理やり閉じる。あの、頭に響いてくる声を取っ払うように、強く。
以前はこんなことがあっても大丈夫だった。
「ねぇネス、恐いよ……」
地面から数多の手が伸び、トリスを雁字搦めにする。どこまで行っても逃れられない呪詛を払うのは、ずっと傍らにあった兄弟子の存在だった。
蒼の派閥に連れていかれ、生活をする中でも漠然とした不安は常にあった。いつ、居場所がなくなるか分からないという恐怖だ。
理由は過去の浮浪者のような生活にあるのだと思い込んでいた。しかし、蓋を開ければそれはリィンバウムさえ巻き込む因果が原因だったのかもしれない。
全てを知った今、虚ろだった声は明確に、トリスの耳まで届いた。
『滅びよ』
それは弄んだ数多の召喚獣たちの悲鳴か、裏切った人たちの恨みか。
ネスティは、「一人で考える時間がボクにも、君にも必要だ」だと言って最近トリスと距離を置いているようだった。一人で考える時間など、幾らでもあるではないか。
「考えても、何も見つからないよ……」
謝れば済むのだろうか。それとも、一族の生き残りとして処刑されるか、今回の災禍の根源たる魔王を滅ぼせば全て許されるのか。疑問と、悲観。それらが渦巻いてトリスを襲う。

派閥に所属し始めた頃、よく恐くなって震えているところを、ネスティが傍らにいてくれた。抱きしめたり、声をかけることもなく。ただ、静かにいてくれた。体温が伝わるような距離でなく、手を伸ばしても少し届かないぐらいのもどかしい距離だった。しかし、誰かいることが救いになっていたのだ。
(あれは、ネスも……恐かったのかな……)
今になって思う。あの派閥の中で、二人はずっと独りと独りだった。そして、きっと寄り添うことなんて認められるはずもなかっただろう。
――あの温もりも鼓動も伝わらない距離が、トリスをきっと守っていた……。
リィンバウムの異物が、同じ空間に二つ。たった、それだけのことで。
(ねぇ、今も……ネスは、恐い?)
孤独が互いを引き寄せ、恐怖が二人が触れ合うことを禁じた。
ゆっくり身体を起こし、トリスは部屋を見渡す。朝は、まだ遠い。
ネスティが抱き続けているであろう恐怖に、直接触れたい。胸に湧き出たのは、傲慢な想いだった。そして、自身の恐怖にネスティにこそ触れて欲しい。
ひた、と裸足のまま足をおろすと、ひんやりして一瞬身体が震えた。ゆっくり、そのまま歩みだす。
今までと違うことがある。それは恐怖がトリスの背中を押し、孤独が彼の存在を求めさせること。

朝は、まだ来なくていい。孤独も恐怖も呑みこむ闇は、時に罪を隠してくれるから。






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