くぐもった吐息は、普段の彼女から程遠い熱さをはらんでいた。
深夜とはいえこんな、いつ誰が前の廊下を歩くか分からないのに交わされる秘め事。本来の二人ならまずしない事を今、している。理由はとてもシンプルだ。視線が重なったら、こうなっていた。
ハヤトのベッドの上で向かい合わせになった体を互いに抱き寄せる。些か荒っぽくクラレットの寝巻きの襟を開こうとするハヤトがもたついているのを見て、クラレットが口元を柔らかく綻ばせる。
「私……あなたの腕から逃げたりしませんよ」
声はできる限り抑えられつつも、笑みが含まれるのが分かる。ハヤトだけに伝わればよい。囁きを耳元で受けて、ますますハヤトが焦れる。
「でも、今……この時は逃げるだろう?」
くすくすさえずる唇を塞ぐと、鼻にかかった甘い吐息がクラレットから漏れた。はぁ、と途中で酸素を求めて唇が離れても、また塞いでクラレットの舌を絡めとる。ハヤトに応えようと、クラレットも懸命に中で触れ、重ね合わせる。ふわりと、互いの石鹸の香りとは違う生々しい匂いが二人を更に駆り立てた。
キスを交わしながら肩までクラレットの寝巻きを下ろすと、一瞬ハヤトがきょとんとした。こんな状況で、なんてあどけない表情。先ほどまでの滾る瞳はどこへやら。
「あれ……?」
「え……あ、あの」
視線の先は無遠慮に、クラレットの豊かな胸元……というより、それを包むブラジャーだった。何故そんなことになっているのか、クラレットには思い当たることがあって口を知らずぱくぱくさせてしまった。
「クラレットが白いのつけてるって初めて見た」
率直すぎる言葉にクラレットは頭が爆発しそうな眩暈を覚えた。ハヤトの発言からは下心や先ほどこの時を逃したくないと言ったことなど忘れて好奇心と疑問しか感じられない。
「あ……あの、へん、ですか……最近、リプレとアカネさんと買いに行って……」
「い、いや。可愛いけど意外というか……」
初めてクラレットの下着を洗濯物という不可抗力で見た時、ドキッとしたのは。
「黒が多かったから」
「――――あ、あの……に、似合わない、でしょうか……」
もはや羞恥で泣きそうな顔になっているクラレットは、思わず唾を飲むほど反則的だ。ハヤトは安心させるように頬を撫で、反対側にキスをした。ゆっくり掌を下ろし、露になった肩、腕と温もりを確かめる。クラレットは恥じらいを隠すようにキュッと目を瞑る。すると、突然ざわりとブラジャーの上から撫でる感触に肩が揺れた。
全体を撫でる感触から徐々に中央を下着の上から捏ねくるように変わり、弄られ、思わず声が漏れそうになるのを咄嗟に両手で塞いだ。
「クラレットは白も似合うよ。すんげー可愛い……」
首元にじわりと火を点すようなキスを落としてから、ゆっくり胸元にあるホックに手をかける。
「結局外すけど」
「結局外すけど……うふふっ」
色気の無い台詞にまた、笑みが浮かぶ。しかしすぐに二人の余裕は消し飛び、直接クラレットの柔らかな乳房が揉みしだかれる。中央の蕾を舌先で転がされると声を抑えるのが精一杯だった。熱っぽく呼ばれる自分の名は、なんて心地よいのか。頭がとろんと混濁し、自分を愚かにしてしまう。ハヤトがクラレットを貪る時、クラレットもハヤトを内側からきっと溶かしているのだ。
更に奥へと、クラレットを貪ろうとする指が中心に触れた。どこまでも優しく、欲に濡れながら。ハヤトは眼で、クラレットに了承を求める。絶対に断ることなど出来ない眼差しに、ただクラレットは頷くのだ。
ハヤトと同じ色に染まった眼差しでもって。


「……もう少しだけ、ここにいていいですか……」
「ん」
ハヤトのベッドでこんな情事を交わす機会は限られていた。名残惜しむようにハヤトはクラレットの肩を抱いた。
先ほどまでの余韻を冷ますように、窓を微かに開けて。涼やかな風がふわりとカーテンを揺らすのを、クラレットはぼんやり見つめる。部屋はハヤトの気配で満ちている。そして、クラレット自身、ハヤトに満たされている。クラレットは自分でも気づかず、ほろりと涙を零した。
「……!? ゴメン、痛かった……?」
「あの、違います……大丈夫……」
「……それにしても、女子でそんな風に買い物とか行ってたんだ。ちょっと、それも意外……」
基本的に外より家のクラレットに気遣い、リプレ達が誘ってくれたのだろうか。その気持ちにハヤトは感謝する。ハヤトだけではフォローできないことは、悔しいけれど沢山あるのだ。
「はい。あの、ハヤトは黒より白の方が絶対好みだって……皆さんが、言うから……わたし……」
途中からごにょっと、最終的には顔を真っ赤にさせたクラレットだが、ハヤトも些か恥ずかしくなってクラレットをきつく抱きしめて誤魔化した。
「いや、別に、そういう訳では えっと」
「く、黒の方が良いのですか?」
「えーっと……ううー……」
不安げに、そして真剣な眼差しでハヤトを見つめてくるクラレットに対する答えは決まっていた。
「今、すんごく、おもいっきりクラレットを抱きしめたい」
「え」
返事なんて要らないとばかりに、くるりと体を起こしクラレットを眼下に捉える。愛したいのは、視界を埋めるクラレットの全て。――再びハヤトはクラレットの掌に自分の手を重ね合わせるのだった。





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