隙の無い気配が、来客が誰であるかを告げていた。
ヤッファはぽりぽり頭を掻きながら「よう」と簡単な挨拶で迎え入れた。
「はぁーい」
遠慮なく入ってきた客人……スカーレルの手には、酒瓶が1本。ヤッファの正面に座り、いつも通り晩酌タイムが始まる。マルルゥをはじめ子ども達が寝静まった時間。外からは賑やかな声ではなく涼やかな夜の風と、木々のざわめきが聴こえてくる。
「ウフフ、今日もお疲れサマ」
「ソッチもな」
乾杯して、まずはクイッと一気に飲み干す。それも、いつもの様式だった。
「そういえば……アティに睨まれたぞ」
「あらぁ? 何か悪さでもしたの、ヤッファってば」
「誰がだ、誰が。俺らが二人で呑んでることを知ってからアティのヤツ、一緒にって言ってたろ? それが今だ達成できてないから不服だそうだ」
やれやれ、といった様子のヤッファにスカーレルはくすっと笑う。
「あらあら。でも、先生ってば皆のために只でさえ奔走してるんだもの、休む時間はきっちり取ってもらわないとね?」
「そりゃ同感だが……」
そこで口を一旦閉ざしたヤッファに、スカーレルは目を細め視線だけで先を促した。ふぅ、と息をついてヤッファはスカーレルをまじまじ見る。
「あんまり子供扱いしてやんなよ? アティも立派な大人だ」
「……フフッ、そこで女性って言わない辺りがアナタも気が利かないわねぇ」
「抜かせ。で、気が利くお前が気がつかない訳ないはずだが……そういうことか」
ヤッファの盃に酒を注いで、スカーレルは珍しく困ったように微笑む。
「そういうことよ」


一通り呑んで、取り留めない話をして晩酌は終わった。
全く危なげない足取りで、スカーレルはのんびり船までの道のりを歩く。頬に触れる風が心地いい。陽気な口笛でも吹きながら帰る。笛の音は蛇を呼ぶというが、自らが『そう』なのだ。恐がるものはない。
恐いものがあるとしたら、それは……。
「――!」
不意に気配を感じ構えると、敵意が無いものだと察してスカーレルは力を抜いた。最初から判別ができない程度にほろ酔い状態らしい。何より、敵意より厄介な拗ねた瞳がこちらを覗いている。
「また、私を置いていきましたねっ?」
「だって先生ってば、ぐっすりお休みしてるんですもの」
「今日だって知っていれば起きてました。いつもはぐらかすんですから……」
拗ねた瞳からしゅんと寂しげな光が宿る。それがまるで宝石のようにも見えて、スカーレルは思わず息を呑んだ。
「まぁまぁ、先生ってばいつも頑張ってお疲れだし、怒っちゃ可愛いお顔が台無しよ?」
「また、そうやって子供扱いするんですね……」
アティの声が沈む。
「……先生のお節介な性分が、アタシの中のそう……暗いどうしようもない部分をどうにかしなきゃって思わせてるのよ。それはね、先生」
「私の気持ちを、決め付けないでください……」
深くため息をついて、スカーレルは頷く。この場合、アティの方が正論だろう。肯定はしても、受け入れはしないのだが。それをきっと目の前のアティも知っている。
――知っているから、訴えるような表情でスカーレルを見つめているのだ。大人だと、そして女性だとひと言で言い切れない、真摯な眼差しで。
(どうして貴女は……こんなアタシに対して)


「さ、体が冷えちゃうわ。帰ったらホットミルクでも飲みましょ」
「スカーレル……!」
くすっと、微笑んでウインクをする。アティにそれが誤魔化しと知られていても、他に対処しようがなかった。それすら、気づかれているのかもしれないが……。
「ウフフ、2人で飲むのよ。たまにはいいでしょ?」
「……はい」
柔らかく微笑んで、アティはやや早足でスカーレルの隣に並び立った。
「一緒に」
嬉しそうに笑みを浮かべるアティの表情にも、嘘が入り混じり……そうさせたのはスカーレル自身なのだが、これでよいのだろう。
嘘という薄皮が1枚、それがきっと最後の護り……。





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