それは、穏やかな一日における日課。今日もいつものようにソルが部屋で本を読んでいると、背後から視線を感じた。振り返れば、案の定ナツミである。
ソルはその目が所謂熱い眼差しと呼ばれるものではなく、じと〜〜っと見る目だったのが気にかかり「何だ?」と不審げに聞いた。
「ソルさぁ」
深いため息と共に。急にため息をつかれても、と思いつつ「だから何だ?」と、とりあえずもう一度聞いてみる。
「もったいないよ、それ」
「もっと分かりやすく言えよ」
すると、ずかずか近づいてきたと思えば背中をバシンと平手で叩かれた。ソルにとってはかなり理不尽である。加減をされているとはいえ、痛いものは痛い。
「な、なんだ?」
「猫背!! ソルさ、その年で猫背ってもったいないよ?」
「年は関係あるのか」
そう言いつつ、そんなに曲がっているだろうかと少し背中に意識を向けてみる。伸ばそうとしたら、少しビキッと傷んだ。先ほど叩かれたそれではない、節々から来る痛み。それが顔に出たのか、ナツミは「やっぱり」と顔で言った。
「本を熱心に読むのはいいけど、姿勢が悪い。それじゃ背も低く見えるよ?」
「……」
「あ、ごめん……」
「何故あやまる」
「ごめんごめん」
「だから何で」
そんなやり取りを繰り返していると、突然ぷぷーっとナツミは噴出した。悪意は微塵も感じさせない、からっとした笑い。だから性質が悪いともいう。
「ソルってさー、結構顔に出るよね?」
「ナツミほどではない」
「そうでしょうかねー? ま、とりあえずちょっと、待って」
妙な流され方をして釈然としないが、言われた通りじっとしていた。ナツミは機嫌よさげに椅子に座るソルの後ろに立つ。
「!?」
急に両肩に手を置いたと、思ったら。
「な、何をするっ!!?」
突然の行動に思わず椅子から飛び上がるところだった。ナツミはソルの反応の大きさに目をまるくさせる。
「何って、肩を揉んでるんだけど」
「はぁ?!」
「もう、すっごく固いよーーーソル。たまにストレッチ……柔軟体操とかした方がいいって。一緒に付き合うよ?」
「余計なお世話だっ」
肩が大きくビクッと動いて、ナツミは苦笑した。おそらく、ソルにとって初の肩揉まれ経験。ここは憎まれ口も流すとしよう。
「あ、ちょっと痛む? でも気持ちいいでしょ?」
「…………」
「ね、いいでしょ、いいでしょ?」
「しつこく言うな……っ」
そう言いながら、若干ソルの耳が赤いことに気づいてナツミはくすっと気づかれないように笑う。きっと慣れてないだけなんだろうな、と。そう思うと微笑ましい。
どんどん更に首まで赤くなり、黙ったまま耐えるようにじっとするソルに、ナツミも徐々に、何故か伝染するように顔が赤くなってきた気がして。雑念を振り払うように、おもいっきりぎゅっと揉むと、ソルが「ぎゃっ」と悲鳴を上げた。
「何だ!? 俺に恨みでもあるのか?」
恨めしそうに言うソルは、いつもより少し子供っぽい。先ほどまでじっとしていた反動か、声がいつもより大きかった。
「ごめんごめん」
素直に謝ると、むすっとしつつ再びソルは椅子に座った。ナツミのやりたいようにやらせよう、ということだろう。

そういえば、こんな反応されるのも初めてだった。
何もしてこないこちらを向くであろうソルの顔を正面から見る自信がなくて、ナツミはちょっとだけ……俯くのであった。





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