水筒の蓋をポンッと開けると、中はカラカラ。水は一滴も入ってなかった。
「喉が渇いた……」
トリスはガックリ肩を落とすと、木陰にゆっくり腰を下ろした。ここは王国の果ての果て。見知らぬ街を過ぎ、山を越え……今は深い森の中を歩いている。普通なら少女が独りで歩くなど正気の沙汰ではない。治安は良いとは言えず、人が休める場所がある訳でもなく。
それでもトリスには、平気な理由があった。まず、トリス自身が卓越した召喚師であること。もう一つが……。
「トリス、水ヲモッテキマシタヨ」
「あ、ありがとうレオルド。魔物とか、出なかった?」
「大丈夫デシタ。サア、トリス」
獣道をものともせず戻ってきたレオルドが、水をいっぱい汲んできた袋を差し出す。

――――今は、レオルドと二人でトリスは機械遺跡の封印を解く為、そして自分を救う為に永遠の鎖に繋がれた二人を救う為に力を蓄える旅に出た。本当は、独りきりで行くはずだったのだ。しかし、レオルドにはトリスの生体反応をいつでも察知できる。簡単に宿を出るところを捕まった。
「思い返すと、皆気づいてたけど見逃してくれてたのかな……」
「ソノ可能性ハ高イデスネ。優シイ方々バカリデスカラ」
レオルドがついているから、あえて行かせてくれたのかもしれない。その程度の心配と信頼を、トリスとレオルドは得ているということだ。
木々の匂いが強い中、鋼鉄の匂いの方が落ち着くなんて不思議な話だ。
「レオルドも、ごめんね。いつ終わるか……目的が果たせるかも解らない……いや、あはは。弱気になんかなってちゃいかないか」
木にもたれていた身体を起こし、レオルドにぺたんと背中を預ける。深い森は自然の生命力が溢れているが、広大すぎて息が詰まりそうになる。ただ、ひっそりと。隣にある機械の身体を持った命に寄りかかりたかった。自分を知っている存在が近くにあるということ。それが、こんなにも安堵を与えるとトリスは旅を始めるまで知らなかった。孤独だと思い込んでいた時間より、今では仲間と共にいた時間の方がトリスにとって濃厚で大切なものとなっていたから。
(それに……どこか、安心するのは……)
彼からも、ほのかに感じた機属性の魔力。機械の身体を併せ持つ人だと知った後に、直接触れた肌はひんやり冷たかった。その奥で、確かに拍動していた。彼は生きているのだと感じられて、トリスはその時泣きそうになったのだ。彼は、何も言わずそんなトリスの肩を抱いた……。
「今モ、彼ラハ無事デスヨ、キット」
「――レオルドってば、読心の術でも使えるの?」
「ソレハ天使ノ術デス。友ノ心グライ、察スルコトガデキマス」
「ははっ、そっか……」
天使。彼女は奇跡を起こすことができる存在だった。それ以上に、存在そのものがトリスを支え、癒してくれた。心を読むよりも、心を寄り添ってくれたこと、想ってくれたことが……どんなに大切だったか。この圧迫感さえ感じる森林ではない、大らかに包み込むような自然の温もりが彼女にはあった。


「トリス、涙ガ……」
「……あははっ、ごめんね。こんな、何も果たしてないのに気が緩むなんて」
「涙ハ、人間ノ特権デス。マタ、私ノ代ワリニ泣イテクダサイ。オ願イシマス」
「……甘やかすなぁ、レオルドってば……あはは……」
言い訳を与えてくれる友達に、今は甘えよう。
涸れたら、今度は二人で水を汲みに行けばいいのだから。





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