「という訳で、出戻りましたーーー!」
ニパッと笑いつつ、内心は照れくさいのだ。そんなハヤトを知ってか、ガゼルも「最初からそうしときゃ良かったんだ」といいながら背中をバシッと叩く。
蒼の派閥にハヤトとクラレットは大人しくついて行こうと覚悟していたのだが、仲間たちの言葉と行動に決心は揺らぎ、皆とフラットに戻ってきた。ガゼル達はともかく……。
「ごめんギブソン……」
「いいんだ。私も君たちと最後までこの問題に立ち向かう決意は固まったからね」
「……ありがとう」
きっと、お礼を言う方がいい。ハヤトは素直に感謝した。
「で。 クラレットの方は大丈夫なのか? 疲れているようだったが」
エドスの問いに、リプレが「移動距離も長かったし、精神的にも堪えたでしょうしね……」と応じる。
「俺、見てくる」
ハヤトは椅子から立ち上がり、クラレットの部屋に向かった。共にどこまでも行こうと決めた女の子の元へ。


ノックをすると、すぐに「は、はいっ」とクラレットの返答があった。ゆっくりドアを開けると、クラレットはベッドに座った状態でいた。迎えるようにドアを開き、クラレットはハヤトと向き合う。
「横にならなくていいのか? 今日は歩いて戦闘もしたし、何より……怖かっただろ?」
「ハヤトがいてくれたから、大丈夫でした」
ふわりと微笑んだクラレットに、思わず「う」と声が漏れる。頬が火照るのを誤魔化す術が分からず、ハヤトは慌てて「そっ、そうなんだ?」と何の捻りも無い言葉を返す。
「――怖くなかったけど、……嫌でした」
「へ」
先ほどの「ハヤトがいたから」という言葉の後に「嫌でした」が繋がるのか、とハヤトは混乱しそうになる。それを止めたのもクラレットだった。
「私……自分で思っていた以上に、此処が……大切、なんだと思います……。解ったんです」
「――嬉しいな。クラレットも、此処に帰りたいって思ってくれたんだ?」
「帰りたい……」
クラレットは眼を瞠る。まるまると深く澄んだ湖のような宝石がきらりと揺れるように見えた。
「私……帰りたかったんですね。此処に」
「うん。そうなんだと思うよ」
やんわり、肯定する。クラレットの気持ちはクラレットのものだから。ハヤトは願いと応援するような気持ちを織り交ぜて、そう言う。
「私、ハヤトと一緒に帰りたかった……此処に」
「――うん。俺も」
肯定する。それは、自分の気持ち。誰にも揺るがせられない想い。
「私……私……」
張り詰めた緊張や安堵、そして気持ちが抑えられず、クラレットは目元を覆う。肩が微かに震え、必死に抑制しようとしている。ハヤトは自分でも驚いたが、クラレットを正面から抱きしめていた。
女の子を抱きしめることなど、自分には起こらない出来事だと思っていた。しかし、腕の中にいるクラレットは小さく呼吸しながら、抵抗することなく動かない。
もし抵抗されていたら、それはそれで落ち込んでいただろう。しかし、しかしだ。抱きしめはした。そこからどうすればいいかは全く考えていなかった。膠着状態に陥ってしまいそうで、背中に冷や汗がだらだら流れる。

そっと……クラレットの手がハヤトの背にまわされる。手を繋ぐ時も、クラレットはいつも遠慮がちだった。否、クラレットはまるで悪いことをしているかのようにハヤトに触れるのだ。
――いつの間にか、ハヤトの緊張は解けていた。やっと気づいたことがある。クラレットの腕の細さ、髪の柔らかさ、手のひらの温度、花のような甘い香り。
そして、自分の気持ち。揺るがせない想いは、自分ひとりだけのものではなかった。二人でなくては、ダメなんだとやっと気づいた。
「わ、私……私……ハヤ」
「クラレットのこと、好きなんだ……」
びくっとクラレットの体が硬直するのも構わず、まるで確認するように。
「そうか、俺は好きなんだ……そうなんだ……」
やっと、解った。やっと、見えた。この想いのカタチが。
大切とか、傍にいたいとか、そういうのをひっくるめてシンプルにすると、そうなるのだ。普段は単細胞である自覚があるのに随分時間がかかってしまった。ハヤトは幸せがこみ上げてきて微笑む。
「うん。好きなんだ……っ」
「あの、そう、何度も言われると……っ」
腕の中から逃れようと、慌ててクラレットがぐいと体を離そうとする。ハヤトはあっさり手放した。クラレットが拍子抜けしそうなほど。「あの……?」とクラレットは不安げにハヤトを見上げる。
「クラレットはよく、俺に色々もらうって言うけど。俺もいっぱい貰ってたよ。こんな気持ち、初めてで……照れくさい……」
はにかんで笑うハヤトに、クラレットは泣きそうな顔で笑う。
「私、好きって……生まれて初めて言われました」
「嘘だ!?」
「なんで嘘をつく必要があるんですか……っ」
少しだけ拗ねた口調のクラレットを見て、「あぁ」とハヤトは納得する。彼女の生い立ちについては知ったばかりだが、フラットともハヤトが生まれた家とも随分環境が違うことは察せられた。
「初めて、ばかりで……どうしたらいいか、私……」
「わかんないや」
お互い見合わせて、また笑う。恐る恐るでも、遠慮がちでもなく。
次は、望むように。
「私からも、言わせてください……」


――与え、与えられ。響くように、想いは……




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