『短冊』と称される紙を渡され、クラレットは真剣な表情で唸っていた。
並んでテーブルに座り、向き合っているのは特に仕掛けのない長方形の紙だった。星に願いを託すためのお札みたいなものだ、とハヤトに教えられたからだ。
ちなみにクラレットは『夢』で悩んでいるのではない。
「真面目だなぁ……。別にリィンバウムの文字でもウチの親は気にしないぜ?」
クラレットが異なる世界からやってきた存在だということは説明済だ。もちろん、そう簡単に説明できることではなかった。ハヤトの説明よりも、どちらかと言えばクラレットの存在の方が説得力があった、とは後に母からハヤトは聞いている。
「しかし、郷に入れば郷に従えという言葉があると聞いています」
「なんか、覚える順番ちぐはぐだなー」
そういえば鬼妖界でも似た言葉があったらしい。やはり、あの世界はどこかで此方の世界と繋がっているのだろうか。ハヤトには解らないが、今こうしてクラレットといるのだからハヤトにとって大した問題ではない。
「……でも……んん……。ハヤトに聞くのも……でも……」
本格的に頭を抱え出したクラレットに、ハヤトはケロッと「じゃあ覚えてる範囲で日本語と向こうの言葉を混ぜて書けばいいじゃないか。一回目なんだからそれぐらい向こうもオッケーしてくれるだろ」
「そういうものなのでしょうか……」
「俺ならそうするー」
間延びした返事ではあったが、クラレットは一瞬だけ吟味してからコクンと頷く。
「じゃあ、そうします」
「よしよし、俺も書こうっと」
ハヤトも自分用に置いてあった油性ペンを握りしめ、短冊に書く『夢』を模索する。ハヤト自身、短冊に書く……伝統行事らしく笹の葉に飾るなど久しぶりだった。幼い頃、保育園で経験したような、しないような。いざ家でやるならばなかなか準備が大変なのだが、せっかくクラレットがこの世界にやって来たのだからこの世界のことを経験させたいという新堂家の方針によるものだった。
(俺だけの時はしてくれなかったくせにー)
チラッと不貞腐れてみるが、いざやろうとすればハヤトだけでは準備の面倒さが勝っただろう。クラレットと一緒だから、楽しんでいるところはハヤトも認めている。

「書け……ました」
「――ん? これって」
ハヤトが読めるこちらの文字は『勇人』だけだった。そして、ハヤトより遥かに整った文字。
「ん――、これって何だっけか……」
「ハヤト、本当に覚えなかったんですね……」
呆れを隠さないクラレットにハヤトは「なんとなくしか」と流石に苦笑いで応じる。
「……何て書いてあるんでしょうね?」
花咲くような、ではなく儚さを帯びた微笑みだった。クラレットは「それよりも、」とハヤトの手元の短冊に視線を移す。
「ハヤトは何て書いたんですか?」
「ん? 俺? コレ」
書くことはまだ不慣れだが、読みはそこそこ出来るようになってきたと自負するクラレットは、まじまじとその短冊を見つめる。
「あたらしい、くつが、ほしい。ですか」
「そうそう、もうボロボロでさー! たっけーし」
「靴ですか……」
小さくため息をつくクラレットにハヤトはムッとして「真剣なんだって!」と抗議した。
「いえ、解ってます。本気だとは」
それでこそハヤトだとも、実際クラレットは思うのだ。
「クラレットの方こそそんなことが夢なんてさ」
「そんなことって……! 私は真剣に……って、読めるんですか!?」
「そりゃあ何となくは」
アッサリ答えてからハヤトはクラレットの短冊の端をぺらりと掴む。
「これはさ、俺とクラレットの気持ちひとつで叶うって証明しただろ?」
「――あ」
確かにそうだ。世界と世界。その狭間に何があろうとも、越えていける。何処にいても……。
「で、俺の気持ちは変わらない。だからそれは夢なんかじゃない……から別の……だ――ッ!!! 恥ずかしい恥ずかしい!!!」
言ってる途中から突然赤面し出して床に転がるハヤトにクラレットは思わず笑い声を出してしまった。
「では、私もハヤトが早く新しい靴が手に入りますようにと書いておきます」
「……釈然としないけど、効果二倍になるかな?」
まだ床に転がったままのハヤトに、クラレットは今度こそ晴れやかな笑顔で答える。
「はい、きっと!」




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