「お酒は二十歳を過ぎてから……だから、一応」
それがリィンバウムで適応されるのかどうか分からないが、ハヤトは前に差し出されたカップをやんわり拒否した。正直、大いに興味はあるのだ。どんな味か、酔っ払うとはどんな感覚か。しかし、生真面目な父の顔を思い出すと結果的に断ってしまうのであった。
ハヤトたちは今日、皆でお弁当を持って外で食べようとアルク川のほとりまでやって来ている。サイジェントの復興はかなり進んでおり、ハヤトたちも賃金目当ても含め手伝っていた。そんな日々の中の息抜きとして、ガゼルが提案したのであった。そして当然といった様子で、大人たちは酒盛りを始めだしたところである。
「おうおう、そうだったそうだった。すまんすまん!」
エドスも絡み酒という訳ではなく、ハヤトの背中をおもいきりバシバシ叩いて再び宴の中心に戻っていった。ほっと胸を撫で下ろした矢先。
「ハヤト〜、頭がふらふらします……」
隣に座っていた少女の頭がこてん、とハヤトの肩に落ちてきた。確認するまでもない、クラレットだった。しかし何だろうと顔を見てハヤトはぎょっとした。目はとろんと蕩けたよう。顔は少し紅潮していて、何より酒臭い。
「ク、クラレット……飲んだのか?」
クラレットは宴といった雰囲気が少し苦手でいつも遠巻きに参加しているのだが、今日は天気が良く、皆も楽しみにしていた。クラレットもいつもより気持ちが高揚していた……のかもしれない。しかし、いつもは水ばかり飲んでいるクラレットがお酒を飲むとどんな状態になるのかハヤトは予想がつかない。
「はい……召喚師は、学ぶことが、大切なのれす……」
「大丈夫? 水持ってこようか?」
呂律がまわっていないのは明らかで、ハヤトは慌ててリプレの姿を探す。案の定見つけても、忙しく動き回っていて声をかける暇もなかったが。
「ハヤト、今日は、ぽかぽかしますね」
「あ、ああ……」
唐突な話題だったがハヤトは答える。頭がゆらゆら揺れ始めているのを肩をこちらから支えて倒れるのを防ぎながら。
「ぽかぽかすると、ハヤトを思いらします」
「あ、ああ……へ?」
ぴたりとハヤトの体が固まる。お構いなしにクラレットは緩慢な動きでハヤトの顔に抱きついた。ハヤトの視界がくるりと一転して、地面の草の匂い、そして……。
「ぽかぽかします……」
横並びになって寝転ぶ格好となった二人。顔を胸元に埋められると鼻腔に自分とは違う甘い香料とクラレット自身の香りが広がる。何より、顔に感じる柔らかな感触がハヤトの思考を停止させた。健全な元男子高校生としては大いにラッキーと呼べる状況なのだが、ハヤトにはそう思えるほどの余裕はない。ひと言でいうと、初心なのである。
「まままった、クラレット、たんま!!?」
「ぽかぽか……」
うふふ、と嬉しそうにハヤトの頭をなでなでするクラレットにハヤトはカァッと頭に血がのぼせ上がるのを感じた。ハヤトの髪に触れるクラレットの手の感触は、どこまでも優しい。

「おいおい、チビどもも近くにいるんだから自重しろよ」
ちょうど飲み物が切れて傍を通りかかったガゼルが二人の状態を見下ろしてけらけら笑う。ガゼルもいつもより気が緩んでいるようである。ハヤトが「ちちちがうから!? たすけろって!!!」と声をあげても「オレ、しーらね〜」と答えてさっさと離脱してしまった。
ハヤトは流されるものかと無我夢中で押し付けられた顔を放し、クラレットと距離を取ろうとした。そこで、ぴたりとずっとハヤトを見つめるクラレットと視線がかち合う。深い紫の瞳はふわふわと覚束ない光を秘めたままだが、少し寂しげだった。
向かい合い寝転がったまま、乞うようにクラレットが腕を伸ばしハヤトの髪を再び撫でる。
「ハヤト……」
最初の勢いが嘘みたいな繊細さだった。とても大切な宝石にでも扱うように、どこか壊れるのを恐れているような響きさえあった。
「――ここにいるよ?」
寂しさは、伝染する。ハヤトは意を決してクラレットの手を取り、自分の体を少し寄せた。こんなことしてもいいだろうかという不安と、せずにはいられない焦燥。二つの感情に駆られながら、触れるだけの口づけをクラレットの前髪に落とした。かっこつけた言葉と共に、大人びたキスをクラレットに出来たなら……そんな不埒なことが過ぎったのは否定しない。しかし、これが今のハヤトに返せる精一杯。
「らいすき……」
そう言いながらぽろりと頬を伝ったものに再びぎょっとしつつ、眠りに落ちてしまったクラレットを確認してハヤトは漸く体を起こした。クラレットの表情はあまりにも無防備で、少し落ち着かない。そこでふと、まだ繋がれたままの手に気付きハヤトは少し照れくさくなった。クラレットの無防備さがハヤトに妙な緊張をもたらす。
「うん、ぽかぽかする……な」
胸がざわめくのを、ハヤトはおもいっきり深呼吸して押さえ込もうとすると、微かに甘い香りがふわりと舞った。
「――俺も……水飲まないと」なんて青い空を見上げながら、呟いて。




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