突然巻き上がるような風が吹き荒れ、クラレットは乱れる髪を押さえる。一瞬で止んだのでほっとすると、隣から情けない声が聞こえてきた。
「うわ、なんだよもう〜〜」
砂埃が目に入ったらしいハヤトがごしごし腕でこすっている。
「あまりこすっては良くないです」
「分かってるんだけど痛痒いっ」
落ち着いたのか、ハヤトが「ぷはーっ」と大袈裟に息を吐いた。
今は穏やかな風が淡いピンクの花弁をひらりひらりと運んでいる。アルサックという木々が咲かせる花は、サイジェントだけでなくリィンバウム各地の人々にとって、暖かい季節の訪れを実感できる思い入れ深いものだとハヤトは知った。それは、ハヤトが生まれた世界の『桜』によく似ていた。……もしかして、名前が違うだけで同じ木なのかもしれないとも思う。
「そっか……春なんだなぁ」
「ええ、ぽかぽかしますね」
こちらの世界でも花見は存在していて、ハヤトも何度かフラットの皆と楽しんだことがある。どんな世界にいても、人というものは共通の感性があるらしい。
「……向こうは卒業式に入学式でもしてるのかな」
アルサックの並木道を歩いていると、ふと校門まで走っていった日を思い出す。もう二度と高校の制服を着ることはないだろうとリィンバウムに残る選択をした時点で覚悟したことだ。しかし、別の……なんとも複雑な気分が過ぎる。
「俺ってどういう扱いなんだろ。留年? うーん……」
「ハヤト、どうしたんですか?」
不思議そうなクラレットに、ハヤトは軽く苦笑した。
「あ、ちょっとだけ向こうの世界のこと思い出してさ。こんな道をよく歩いてたなってね」
「そうですか……あの、ハヤト」
「こっちに残るって気持ちは変わりないよ」
申し訳なさそうな……そして、不安を抑えようと声が固くなるクラレットにハヤトは微笑む。
「俺がいないところでクラレットが危ない目に遭ってたら俺が困るもんなっ?」
「わ、私は大丈夫です。そんなに弱くありません……っ」
「確かにクラレットを弱いって言えるヤツはいないと思うけど」
召喚術なんて、それはもう強力だしとハヤトは笑う。どこか、自慢げに。
「……本当は色々、俺だって悩んだよ。向こうにも親とか友達はいるから。でもさ、それ以上に俺がいない所でクラレットが苦しんだり泣いてたりしてたら……向こうで俺、笑って生きていけないよ」
自分がいなくなって泣いたら、なんて言うのは少し自惚れが過ぎるだろう。だから、ハヤトはそう言った。返ってきたのは、少し斜めの回答。
「あの、じゃあ……私がずっと泣いていたらハヤトはずっと傍にいてくれるということなんですか?」
少し俯きながら、ぽそっと。目をぱちぱちさせてから、ハヤトは破顔した。
「俺が原因で泣くのはちょっと……困るけど。ずーっと傍にいて、笑ってくれてる方が嬉しい……カナ?」
ハヤトは妙に照れくさくなって、最後が片言になってしまった。ふわりと舞う風が悪戯をしたように、クラレットの耳の横にかかった花びらをそっと摘まむ。クラレットの髪の色に、アルサックの花の色がよく映えた。花の髪飾りなんて、きっと似合うだろう。普段は飾り気のないクラレットだが、そういったものをもし見たら喜ぶのだろうか……指先に乗せた花びらを見つめながらハヤトは思う。
「ずっと笑うということは、少し大変だと思います……。私では、体力不足で……」
生真面目なクラレットに思わず噴出し、拍子で花びらはまた違う場所へと飛んでいった。
「うん、嬉しいこともしんどいこともみーんなひっくるめて、一緒に……さ?」
「――私、あなたをずっと元の世界に返さなければと思いながら、同じようにハヤトがいなくなったらどうしようって……全て終わるのが怖かったんです」
「――うん」
「ハヤトに、戻らないでくださいって言えばハヤトは優しいから残ってくれるんじゃないかと……思い、ましたし」
恥ずかしそうに、懺悔する口調でクラレットは続ける。
「そんな自分が浅ましくて、結局何も……あなたが答えを出すのを祈るように受け入れるしかなかったですが」
いつの間にか立ち止まったクラレットに合わせ、ハヤトも足を止めた。
「私……自分が傷つかないようにしてばかり」
「そんなにグルグルしてたんだ、クラレットは。俺の単純なところをちょっと分けてやりたいなぁ」
「私、回ってません」
「うんうん」
むす、と反論してくるクラレットを見てハヤトの笑みが深くなる。「ああ、これがクラレットだよなぁ」と……口にしたら本当に拗ねられそうだから言わないが。
「目を閉じてさ、沢山嬉しいものや楽しいもの浮かべてもクラレットが泣いてたら俺には不幸なんだ。逆に、いっぱい辛くてもクラレットがいれば、割と平気。そういうこと!」
「??? どういうことですか」
「そーいうこと!」
再びハヤトが歩き出すと、クラレットもそれに続いた。隣で真剣にハヤトの言葉について審議しているらしいクラレットをそっと横目で見てから、ずっと続いていく並木道に視線を移す。
アルサックの花を模した髪飾りは幾らぐらいかな、とハヤトは頭の中でらしくない計算をしてみた。そういった知識が乏しいのだから、クラレットみたいにグルグルする以前の問題であるが。
自分も、隣にいる存在が一秒でも長く笑顔になる為に行動しようじゃないか。舞うように視界を横切った花びらに向かって、ハヤトはささやかな決意をする。
きっと、あの愛らしい花は隣で唸っている少女に世界中の誰より似合うのだから。





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