(ああ、そうなんだ……)
目の前で交わされる会話を聞いて、ハヤトは実感した。ごく当たり前に過ごしていた日々が、この世界にとってはどれだけ恵まれていたかを。


「リプレ、ご機嫌だな?」 「えっ、まぁ……うん。あの子たちが、こんな贈り物をくれるなんてね」
リプレがフラットにやって来た日だからと、アルバたちが探してきてくれた花。今は広間のテーブルに、古いけれど十分役目を果たしている白い花瓶に飾られている。
「リプレは……自分の誕生日を知らないのか……ガゼルも」
気になったことを口走って、ハヤトはうっと押し黙る。しかし気にせずリプレは微笑んだ。
「うん、小さ過ぎて覚えてないもの。一緒にあったカードで名前だけ分かったんですって。ガゼルも似たような状況だったって聞いてるわ」
ちなみにアイツも今さら気にしてないから、とリプレは付け加える。そんな気遣いが嬉しく、同時に自分の迂闊とも言うべき幼さを思い知ってしまう。ハヤトはぽつん、と呟いた。
「誕生日、か……」



部屋にやって来たかと思えば、唐突な質問をしてくるハヤトにキールは怪訝な表情を浮かべた。
「誕生日……? そりゃあ、知っているけど」
「キールは知ってるんだな。なるほど……」
「何が成る程なんだい?」
ふむふむと考え込むハヤトを見て、キールはどうせ厄介ごとだろうと想像した。
「皆で合同のお祝いとか、出来ないかなーって思ったんだけどさ。キールは自分の日があるから一緒くたはおかしいよなぁ」
「……祝う……?」
眉をぴくんと顰めるキールにハヤトは「そうだよ」と頷く。
「何で誕生日にわざわざ祝うんだ?」
「せっかく一緒に生活してるんだし何か出来ないかなと」
「何かをする必要があるのかい?」
更に不可解そうに……僅かな苛立ちすら混じえて、キールは問い返す。
「キールの家では祝うこと無かったのか? 召喚師ってそういうものなのか?」
リィンバウムの家庭事情をハヤトは知らない。ハヤトが知っているのは、フラットという小さなコミュニティだけなのだ。そして、ハヤトがリィンバウムの家庭を知っていたとしてもキールの内情は想像できないものだ。
それを、キールだけが知っている。
「そういうものなんだよ。だから……」
「――キール……?」
ぷい、と読みかけの本を再びめくり出すキールの背中を見てハヤトは違和感を覚える。次に灯ったのは、決意。
「……じゃあ、尚更キールも一緒に俺は祝わなきゃな!」
「何だよそれ……別に」
背中を向けながら返すキールに、ハヤトはニコッと笑った。
「俺はこの世界に来るまで祝ってもらったりして楽しかったからさ。こっちに来て、いっぱい教えてもらったりした分、俺も皆にこーいう気持ちを返したいんだよ。それだけだって! モナティやアカネ達も一緒にな?」
「……ただお祭騒ぎがしたいだけなんじゃないかい?」
吐息と共にキールはやっと後ろを振り向く。視線の先には笑顔の……元気なだけではない、深い感謝の眼差しがあった。
「そうだよ、皆がここに生きてなきゃ俺はきっと独りで誰にも知られず死んでたから。だから、俺が今まで祝ってもらってきたように皆を祝いたいんだよ。キールのことも」
「――勝手にすればいい」
「勝手にするよ」
あはは、と困ったように苦笑してからハヤトはキールの部屋を出た。途端に物静かになる部屋には、キールのため息の音だけが響いた。
「誕生とは死に向かう道のはじまり……」
自らの力を高めると共に、年を重ねれば約束の時が近づいていると……キールはずっと、その日を見つめながら生きてきた。自分の体を魔王に捧げる、瞬間を。結局それは訪れなかったが……。
「道の先に、君が……立っていたなんてね」
目元が柔らかく和む。死は、見事にひっくり返された。ハヤトという少年によって。
「――こんな僕も……祝われたり、誰かを祝ったり、してもいいのだろうか……」
根拠のない自信たっぷりで、ハヤトは「当然!」と答えるだろう。今のキールはそれを知っていた。





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