クラレットの部屋で、定期的に行われる語学教室では今日もハヤトがうなり声を上げていた。
紙切れに、いびつな文字が並ぶ。初めてにしては上出来だろ、と書いた本人は自画自賛するが。
「読みにくいです」
バッサリ、クラレットが評価するとハヤトがガックリ肩を落とす。そんな仕草をしていても、実はそんなに落ち込んではいないのだ。そういうことにクラレットが気づけるようになったのは、少し前のこと。
日常生活……主に買い物の時に不便だから、とハヤトがリィンバウムの言葉を習っているのだが、優秀な生徒ではないのは確かだった。
「こっちの世界の数字は何となく俺の世界のと似てるんだよな。偶然かなぁ」
「そうなんですか?」
「うん。結構共通の名前があったりするから、不思議なんだ。親しみも湧くし」
カラッと笑うハヤト。再びハヤトは「う〜〜むむ」と呻りながら鉛筆を動かす。
「これが俺の名前の書き方だろー? えーと、これがハヤトで」
「これが、シンドウ」
クラレットが指先でちょん、とやっぱり書き慣れないハヤトの文字に触れる。
「……? どうしました?」
ハヤトがじっとクラレットを見つめていることに気づき、クラレットは微かに緊張した。
「いや、コッチの世界で新堂って呼ばれるのが新鮮でさ」
嬉しそうに、顔が綻ぶ。姓を呼ばれただけで、何故そんなに喜ぶのかクラレットには理解しがたい。そこには、後ろめたさも混ざっていた。
「えーっと、クラ……レット……」
初めて覚えたものを見せたい幼子のように、ハヤトは意気込んでその名前を書き綴る。
「クラレット……そういや、名字の方は?」
話の雰囲気から、もしかして聞かれるのでは無いかと予感したのだ。その通りに聞かれてしまい、クラレットの眼が泳ぐ。
「――ま、いっか。クラレットっと……はい」
「……はい?」
「記念に」
何の記念だろう、とクラレットは首を傾げる。ハヤトは特に気にする風でもなく、次なる言葉にチャレンジしていた。
「……あの、記念って……」
「――ん? あ。特に深い意味で言った訳じゃないんだけど……」
生真面目なクラレットに、ハヤトは苦笑しつつ頭を掻く。クラレットの手には、先ほど名前を書いた紙が。
「クラレットの名前ちゃんと書けるようになったぞってことで」
「……あの、私……」
クラレットが何か負い目を感じていることは、ハヤトとて勘付いていた。しかし、それに触れようとは思わない。隠すからには、誰だってそれなりの理由があるのだから。
きっと、もっと信じあえるようになれば自然と話してくれるだろうと楽観している。
「――うん?」
「嬉しい……です」
ぎゅっと、ただ名前が書かれた紙を、胸元に抱きしめるクラレット。軽い気持ちで書いた、下手な文字の名前をそんな大切そうにされると、ハヤトの方は嬉しいとか照れくさい以上に……。
少し、胸が苦しくなるのは何故だろう、と
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