リィンバウムにも雪が降ることは、フラットで生活し始めてから比較的すぐ知ることになった。名も無き世界と称されていた自分の世界とリィンバウムには酷似しているところが沢山あった。それは、彼らが自分と同じ生活を営む者たちであるから自然なことかもしれない。ハヤトはそう思うようになった。
しかし、やはり違うことも沢山あるらしい。
「そっか、こっちにはクリスマスがないのか……」
街にはサンタクロースの飾りやコスチュームの人が現れ、子供たちがおもちゃを欲しがる。一年の内で街が活気付く季節である。それが、サイジェントの町を歩いていても見当たらない。
「クリスマス……? 君がいた世界の行事かい?」
ハヤトと共に買出しに駆り出されたキールは、買い物袋の重さで足元をふらつかせながら問いかけた。ああ、と返事をしてからハヤトは慌てて傾くキールを支えた。
「えーっと……元は、キリストっていう神様……この世界のエルゴと少し違うんだけど、そういう人の誕生日で、皆でケーキを食べたり子供がサンタクロースにプレゼントをもらったり……」
「サンタクロースって?」
「トナカイが引っ張るソリに乗って、赤い服でもじゃもじゃの白い髭を持った、煙突から家にこっそり入って子供にプレゼントをくれる人……なんだけど」
説明を聞くキールが難しい表情をしている。きっと、誤解をしているなとハヤトは思った。もっとも、ハヤト自身の説明が上手いとは思わない。
「……それは、召喚師なのか? 動物を従えた」
「えーっと……まぁ、そんなものかな。とにかく、子供に欲しいものをくれる人なんだよっ」
だんだん面倒になりハヤトは適当に答えてしまった。
新しい年を祝うという概念はサイジェントで生活をしていても存在する。今日の買出しも、年末年始を少し豪勢な食事にしようというリプレの心意気の表れか、いつも手を出さない食材がたんまりあった。
「エルゴの王の聖誕祭や聖王の誕生日を祝日とするのと似たようなものか」
「ああ、それっぽいかも」
逆にキールから補足をうけ納得してしまうハヤトである。
「メリークリスマスっ♪」
「……??」
キールの顔を見て破顔しながらハヤトが唐突に言う。
「おまじないみたいなものさ。クリスマスの日は、向こうじゃこう言い合うんだ」
「それが、トナカイを召喚する呪文なのかい? いや先ほど話題に出たサンタクロースを召喚するのかい?」
訳がわからないと混乱するキールに、ハヤトは「あははっ」と声を出して笑う。
「そんな大層なもんじゃないよ。良い一日をって感じかな?」
自分で口にして、確かにおまじないのようだとハヤトは感じた。元いた世界では当たり前だった賑やかなイベントが今では懐かしい。メリークリスマス、とまた言ってみる。意味が通じない言葉は、どこにも届かず自分に戻ってくるようだ。
「……なんとなく、響きがいいな」
隣で歩くキールが、ぽつんと呟く。眼をぱちくりしながら見つめるハヤトに気づき、少し照れくさそうにキールは目を逸らした。
「君に合うような……ひたすら前向きな感じがする」
「そっか」
意味は届かなくても、そこに込めた別のものは何か、伝わっていくものなのかもしれない。
「帰ったらガゼルあたりに二人で一緒に言ってみようか? どんな反応するかな?」
「また君はそんな子供じみたことを……」
悪戯っぽく笑うハヤトに、呆れた口調でキールが返す。気を抜けばまたキールが重さでふらつくのをハヤトが袖を掴んで真っ直ぐなるよう引っ張った。
「キリストにサンタクロースか……君も負けてないんじゃないか?」
キールの言葉に「ん?」とハヤトは首を傾げる。
「君が望み、エルゴの王であると声をあげれば然るべき場所に君は招かれるだろうし、皆が望むものを君はいつもくれる……そういう意味だよ」
「随分大きな話だけどさ、今の俺は見ての通り買出し係だし」
苦笑しつつ、片手を塞いでいる買い物袋を掲げて見せるハヤトの瞳は柔和な光をたたえていた。
「ケーキを食べる方が俺は嬉しいな」
「――そうだね、君はそうだったな」
どこか安心したように、キールは笑った。与えられずとも望めば手に入るのに手を伸ばさない者は、愚か者と呼ぶのだろうか。持てる者の余裕だと、人は言うのだろうか。
「あーっ、お腹すいてきたー!」
無邪気に空に向かって声をあげるハヤトを見てると、その問いかけはあっという間に消えていく。
「君は、全て分かち合える人だから」
「なんか言ったか、キール?」
何でもないよと答えてから、キールは心の中で唱えてみた。
異世界の、意味を知らないそのおまじないを。ハヤトが楽しそうに紡いだ、その響きを。
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